〈夢見ざる者〉たち
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陽が沈み、夜となった。 | ||
あちこちの街灯が自動的に点灯し──なんでも、”ガス灯”というものらしい──真昼のような明るさで通りを照らし出す。 | ||
これなら灯りを持つ必要もないと君は思ったが、リフィルたちが案内してくれたのは、街灯などない路地裏だった。 | ||
こことは違う世界から来た……? タブロイド紙にも載りそうにない与太ね。 | ||
この都市のことも知らないなんてね。となると、やっぱり、あの人と話すのがいいかしら。 | ||
ふたりは見るからに半信半疑ながらも、この世界のことについて知りたい、と言う君に、最適な人物を紹介してくれるそうなのだが── | ||
本当にこっちにゃ? いかにも怪しい連中がたむろしてそうな場所にゃ。 | ||
うーん、言い返しようもない。実際、誰より怪しいっちゃ怪しい人だからねえ。 | ||
ロウソク入りのランタンを手に路地裏を進みつつ、ルリアゲハは苦笑した。 | ||
さてさて……このへんに来れば、だいたい会えるはずなんだけど。 | ||
アフリト翁! 聞こえていて? | ||
もちろんさ。ご活躍だね、ご両人。それと、黒猫の魔法使い殿も。 | ||
低い笑い声が響いたかと思うと、路地裏の物陰から、奇妙な風体の男が現れた。 ”翁”と呼ばれるには年若く見えるが、その口調や物腰には、底知れぬ老練の風情がある。 | ||
まるで気配を感じさせなかったことといい、君のことをすでに知っていることといい、どうやら、ただ者ではなさそうだ。 | ||
そういう人なの。アフリト翁。〈メアレス〉について、いちばん詳しい人よ。 | ||
この魔法使いさんについて、何か知らない? よその世界から来たって言うんだけど。 | ||
なら、そうなのだろうよ。 | ||
そんな、適当な……。 | ||
適当で言っておるわけではないさ。 | ||
失われた魔法を使い、夢を持ちながらにして〈ロストメア〉と渡り合う……。 | ||
この世界とは違う理、異なる法則の下に生まれた身であるなら、納得がゆかぬこともあるまい。 | ||
……信じがたくはあるけど、確かにそうね。猫がしゃべるなんて、この世界ではありえないし。 | ||
それは、クエス=アリアスでも、あんまりないことなんだけど……。 | ||
問題は、元の世界に帰る方法がわからない、ってことにゃ。 | ||
ふうむ。ならば、帰る方法が見つかるまで、都市のため、〈メアレス〉にご助力願えぬかな。 | ||
〈メアレス〉とともに〈ロストメア〉と戦ってくれるなら、おまえさんたちの生活費はわしがまかなおう。 | ||
にこにこ──と言うには不気味な微笑。リフィルが、いぶかしげに眉をひそめた。 | ||
ずいぶん買うのね、アフリト翁。 | ||
魔法の使い手は貴重きわまる。おまえさんのようにな。是が非でも、確保しておきたいところだよ。 | ||
そういうことなら、あたしたちと組まない? 魔法使いさん。これも何かの縁ってことで。 | ||
ちょっと。ルリアゲハ。 | ||
いいじゃない。戦力が増えれば、勝算も増える。それに、取り分が減らないときた。 | ||
取り分? と君は尋ねる。 | ||
〈ロストメア〉を倒した者には報奨金が出るのさ。 | ||
それと、連中の魔力を奪う権利もね。あいつら、どうも身体が魔力でできてるみたいなのよ。 | ||
なるほど。〈メアレス〉は、対〈ロストメア〉の傭兵兼狩人ってところなんだにゃ。 | ||
先ほどは、リフィルだけが〈ロストメア〉の魔力を手に入れていたようだったが……? | ||
私が魔力を、ルリアゲハが報奨金を受け取る。その契約で、私たちはコンビをやってる。 | ||
そのせいで、リフィルはいっつも極貧生活なの。報奨金の一部ぐらい、あげてもいいんだけどねえ。 | ||
前から言ってるでしょ。それはフェアじゃないって。 | ||
この都市では、魔力とて金になる。そう溜め込まず、もっと換金してもよいのではないかね? | ||
魔法を使うには魔力がいる。”備蓄”は、多ければ多いほどいい。 | ||
あ、そうだ。魔法使いさんの場合はどうなの? やっぱり、魔力の補充が必要かしら? | ||
クエス=アリアスの魔道士なら、魔力が減っても、自然と回復する、と君は説明する。 | ||
……便利なものね。魔力を失っていない世界の魔道士というのは。 | ||
ぽつりとつぶやき──リフィルは、軽く吐息した。 | ||
まあ、いいわ。実力が確かなのはわかったし……異界の魔法とやらも参考になるかもしれない。 | ||
決まりね。 | ||
じゃ、とりあえず、あたしたちが住んでる借家に、ご招待するとしましょうか! | ||
道中、〈悪夢のかけら〉に何度か遭遇したことで、リフィルたちは表情に緊迫の色を宿していた。 | ||
〈悪夢のかけら〉がいるってことは、この近くに〈ロストメア〉がいる……ってことにゃ? | ||
そのとおり。飲み込みが早いわね、猫ちゃん。 | ||
剣戟の響き……誰かが戦っている。あれは── | ||
路地裏を疾走することしばし──やがて、君たちは戦いの場に遭遇した。 | ||
男と少女のふたり連れが、〈ロストメア〉と対峙している── | ||
コピシュ! ブロードソードとカットラスだ! アイアイ! | ||
大量の剣を背負った少女が片手剣都単曲刀を投げ──男の双手が、それらを鮮やかにつかみ取る。 | ||
はあッ!! | ||
異形の腕を単曲刀で受け流しざま踏み込み、真っ向一閃、片手剣で強烈な斬り下げを見舞う。 | ||
さらに肉薄──両の剣を〈ロストメア〉に深々と突き立てるや、それを踏み台に跳び上がった。 | ||
クレイモアッ! ダブルだッ! | ||
アイアイ!! | ||
背から独りでに鞘走る2振りの大剣を、少女は小石のように軽々と投じてみせる。 | ||
男は宙で大剣2振りを受け取り、そのまま落下。〈ロストメア〉の頭上から全体重を乗せて貫く! | ||
とっくり味わえッ!! | ||
串刺しにされた〈ロストメア〉が、痛ましい絶叫を上げる── | ||
〈徹剣(エッジワース)〉ゼラードに、〈剣倉(アーセナル)〉コピシュ……。 | ||
先に〈ロストメア〉を見つけて、交戦していたというところね。 | ||
ゼラードの果敢な剣撃を受けてなお、〈ロストメア〉は動きを止めず、反撃を繰り出す。 | ||
流れるような動作でそれをかわし、後退しつつ、ゼラードは不敵な笑みを浮かべた。 | ||
あきれた野郎だ。もっとご馳走してほしいってのか? ええ? | ||
あんまり奮発しちゃだめですよ、お父さん。後で研がなきゃいけないんですから。 | ||
わかってる。そろそろシメのデザートだ! | ||
4本の剣を突き刺された〈ロストメア〉は、怒りに猛り、ゼラードに向かっていく。 | ||
見過ごすわけにもいかない。君は、カードを構えて戦場へと駆け出した。 | ||
あっ、ちょっと! | ||
ゼラードが敵の攻撃を回避した直後、君の魔法が炸裂。〈ロストメア〉を吹き飛ばした。 | ||
あ? なんだ? 横取りしようってのか!? | ||
お父さん、前! | ||
〈ロストメア〉が、牙を剥く! | ||
いい加減、食い足りろッ! ──イルウーン! | ||
アイアイ! | ||
切っ先が平たく広がった剣を受け取っての一撃。弧月もかくやという鮮鋭なる斬閃が、敵を断つ。 | ||
それが致命傷となったのか、〈ロストメア〉は痛ましい声を発しながら溶け消えていく……。 | ||
お疲れさまでした、お父さん! 魔力、こっちで回収しときますね。 | ||
ああ、任せた。で── | ||
ゼラードは、不機嫌そうに君を見やった。 | ||
〈黄昏(サンセット)〉に〈堕ち星(ガンダウナー)〉。そいつぁ、いったいどこのどいつだ? | ||
悪いわね、〈徹剣(エッジワース)〉。この子、まだこの世界の常識を知らないの。 | ||
ああ? なんだそりゃ? | ||
コピシュが〈ロストメア〉の魔力を吸収し、剣を回収するのを待ってから、ルリアゲハが説明してくれた。 | ||
はー……別の世界から来た、なんて……。そんなこともあるんですねえ……。 正直、信じる気にゃなれんが……そいつが事情を知らなかった、ってことは納得しとくよ。 | ||
事情? | ||
原則、倒した〈ロストメア〉の魔力と報奨金は、とどめを刺した者が得ることになってる。 | ||
だから、同業者が先に戦ってて、かつ勝てそうなら、手出ししないのが暗黙の了解なのよね。 | ||
そうとは知らず、申し訳ないことをしたにゃ。 | ||
いえいえ、どうぞお気になさらず……というか、猫さん、ホントにしゃべるんですねえ……。 | ||
興味津々という様子でウィズを眺めるコピシュ。 | ||
君も〈メアレス〉なの? と君が尋ねると、コピシュはうなずき、はきはき答えた。 | ||
はい。〈ロストメア〉から手に入れた魔力で、剣を運んだり、投げたりしてるんです。 | ||
コピシュは魔力の扱いがう上手ぇのさ。 | ||
加えて言えば、彼女はまだ夢らしい夢を持たぬ。ゆえに〈メアレス〉の条件を満たしているのさ。 | ||
どっから出たよ、アフリト翁……。 | ||
ゼラードの方は、剣以外はからっきしでな。女房に逃げられたのが、夢をなくした原因だ。 | ||
さらっと言うかね、そういうことを! | ||
言われたくなきゃ、いい加減、貸した金を返してくれんかね。 | ||
こンの、ジジむせえ性悪野郎……。 | ||
まあまあ、いいじゃないですか、お父さん。さっきの報奨金で、お釣りが来ますよ。 | ||
コピシュは君とウィズに向き直り、ぴょこん、と深く頭を下げた。 | ||
改めまして、どうもありがとうございました。ほら、お父さんも。 | ||
あー、助かった。まぁ、手ェ借りなくてもなんとかなったんだが。 | ||
もー、なにすねてるんですか。 | ||
……と。君は、リフィルが、じっとこちらを見つめているのに気づいた。 | ||
見つめ返すと、少女はわずかに眉をひそめる。 | ||
魔法を使って誰かを助ける……ということに、ためらいがないのね。あなたは。 | ||
それが、あなたの世界の魔道士の流儀……ということ? | ||
君はうなずく。 | ||
困っている人を助けるのは、魔道士ギルドに属する魔道士たちの使命と言っていい。 | ||
魔道士ギルド……そうか。魔力が失われていない世界なら、そういうものもあるのね……。 | ||
複雑な表情でつぶやき、きびすを返すリフィル。 | ||
その姿に、君は気になっていたことを思い出す。 | ||
魔道の廃れたこの世界で、どうしてリフィルは、いや、彼女の〈人形〉は魔法を使えるのか。 彼女はどうして、〈夢見ざる者〉となったのか。 | ||
陰深き、路地の奥。 その闇のなかに、ふと半月が咲いた。 | ||
撒かれた種が、まずひとつ……。実験は成功と見てよさそうね。 | ||
闇と一体化するように、じっとしていた少女が、ニィ、と唇を歪めたのだった。 雲の衣をまとって朧にかすむ月を見上げ、少女は満足げなつぶやきをこぼす。 | ||
なら、いよいよ本番といきましょうか……。 | ||
振り向く少女の、視線の先で── 1体の〈ロストメア〉が、ぎぃ、と鳴いた。 | ||
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