夢を持たずして生きる
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この都市に来て、数日。 | ||
リフィル、ルリアゲハとの何度かの共闘を経て、〈ロストメア〉相手の戦いにも慣れてきた。 | ||
そんなある日、君はルリアゲハに誘われ、昼食を共にすることとなった。 | ||
多くの市民や馬車の交通を潜り抜け、おいしそうなにおいがする方へ歩いていく。 | ||
今日は〈メアレス〉の仕事はないのかにゃ? 毎日毎日〈ロストメア〉とやり合ってたら、疲れちゃうからね。今日はオフってトコ。 | ||
リフィルも連れて市内観光……と思ったんだけど。あの子、どこに行っちゃったのかしら。 | ||
首をひねるルリアゲハについて、行きつけの定食屋とやらに足を踏み入れると── | ||
らっしゃーせー。 | ||
噂の本人が、淡々と注文を取りに来た。 | ||
……………………いや。あのちょっと。なにやってんの、リフィルさん。 | ||
バイトよ。 | ||
そこまでお金に困ってるんだったら、さすがにちょっとは融通するわよ!? | ||
じゃなくて、この店、安いし早いし、その上、おいしいでしょ? | ||
だから、その調理技術を体得するために、こうして弟子入りしているのよ。 | ||
……さようで。 | ||
なんと言っていいやらわからないという顔をするルリアゲハの後ろから、大柄な体躯の男が店に入ってくる。 | ||
あー、ハラ減った。メシ、メシ……。 らっしゃーせー。 | ||
……待て。いったい……何が、起こっている……? | ||
せっかくなので、ゼラード、コピシュと同じ卓につき、適当に注文を頼んだ。 | ||
リフィルさん、お料理が趣味なんですか? | ||
趣味っていうか……〈ロストメア〉退治の報奨金、全部あたしがもらってるからねぇ……。 | ||
それで、生活費を切り詰めに切り詰めた結果、安い食材で料理を作るのにハマっちゃって……。 | ||
しかし、切り詰めるって言ってもよ、それじゃいつか金も底をつくんじゃねえのか? | ||
アフリト翁に頼んで、魔力の一部を換金してるの。ぎりぎり食べていけるくらいの量だけどね。 | ||
魔力はなるべく売りたくないの。はい、ローストマトンのカレー和えとボイルドライス、お待ちどう。 | ||
リフィルが見慣れない料理を運んでくる。 | ||
ゼラードは、置かれた皿にナイフを伸ばしながら、あきれたようにリフィルを見上げた。 | ||
おまえさんねえ……夢を持たねえって言っても、そこまでストイックじゃなくてもいいだろうよ。 | ||
お父さん、ナイフで直接お肉食べない! | ||
苦手なんだよ……フォークとか。 | ||
そうなの? と君が尋ねると、ゼラードは苦笑した。 | ||
生まれてこの方、剣術一筋でな。剣の類なら、なんでも扱えるんだが……。 | ||
剣以外は、ぜんぶダメなんです。 | ||
……そこまで言う? | ||
…………。 | ||
情けなさそうな顔をするゼラードを、リフィルが無言で見つめた。 | ||
その視線に気づいたゼラードは、すねたように唇を尖らせる。 | ||
なんだよ、〈黄昏〉の。魔術バカのおまえさんだって似たようなもんだろ。 | ||
……そうね。似てるわ。確かに。 | ||
リフィルが答えた。真剣な声音だった。ゼラードは、怪訝げに眉を寄せる── | ||
すみませーん! おー、みんないるいるいる! | ||
そこに、見知らぬ少女が元気よく割って入った。 | ||
ミリィ? 何かあったの? | ||
いやそれが、めっちゃでかい〈ロストメア〉が出てまして! ラギトさんが食い止めてんです! | ||
でもひとりじゃ無理だったんで、あたしがみなさんを呼びに来たんですよ! | ||
なるほど。この子も〈メアレス〉なんだにゃ。 | ||
はいはいそうですええええ猫しゃべったー!? | ||
仰天するミリィをよそに、〈メアレス〉たちが食事を置いて立ち上がる。 | ||
人が食ってる最中に来るたぁ、気の利かねえ〈ロストメア〉だぜ。 | ||
行くぞ、ルリアゲハ、魔法使い! | ||
今日はオフじゃなかったにゃ? | ||
相手の方から来るなら別! 〈戦小鳥(ウォーブリンガー)〉、案内を! | ||
異名で呼ばれたミリィは、あわててこくこくうなずいた。 | ||
うすうす! こっちっす! | ||
都市を貫く川にかかった、巨大な橋。ミリィの案内で、君たちはその中央を目指す。 | ||
案の定、〈悪夢のかけら〉が道を阻んだが── | ||
とぅあっ! せいっ!! | ||
ミリィは軽快な動きで〈かけら〉どもを翻弄し、手にした巨大な杭打機を叩き込んで、着実に仕留めていった。 | ||
君がその鮮やかな手並みを称賛すると、ミリィは走りながら照れ笑いする。 | ||
やー、あたし、これしか能がないんすよー。 | ||
夢はファッションデザイナー! だったんすけど、芸術のセンス? みたいのがぜんぜんなくって。 | ||
なのに、なんでかこういう才能はあったもんで、傭兵とかやってるうちに、流れ流れてこの都市へ。 | ||
とまあ、そんな感じで〈メアレス〉やってんです。夢がない奴、大歓迎! って話だったんで。 | ||
あはは、と笑うミリィの姿に、君は複雑な思いを抱いた。 | ||
〈メアレス〉──〈夢見ざる者〉。夢を持たぬがゆえに、〈ロストメア〉を叩き潰せる戦士たち。 | ||
あまりに突飛な話だったから、そういうものだと言われて、そういうものかと納得していた。 | ||
だが、考えてみれば──〝夢を持たぬ者〟というのは、こういうことなのだ。 | ||
望んだ未来を。描いた希望を。心の底から欲した願いを、手に入れ損なって。 | ||
だからと言って、新たに別の夢を見るなんて、そんな器用なこともできぬまま──痛みを抱えて、生きていく。 | ||
リフィルやルリアゲハも、ミリィのように夢破れ、それで〈メアレス〉として戦っているのだろうか。 | ||
そんな自分を──いかなる夢も見ることなく生き、戦う道を──受け入れているのだろうか……? | ||
いたわ! 確かに大きい……! | ||
リフィルの声が、君を我に返らせた。 | ||
橋の中央──ひとりの少年が、家ほどもあろうかという〈ロストメア〉の進撃を食い止めている。 | ||
──はぁあぁあああぁあぁぁああッ! | ||
驚くべきことに、彼は影めいた禍々しい魔力を全身にまとい、正面から敵とぶつかり合っていた。 | ||
煙突ほどもある拳を強烈に打ち返したところで、凛然たる美貌がこちらを向く。 | ||
来たか。悪いが、力を貸してくれ。この〈ロストメア〉、ずいぶんと手に余る。 | ||
最強の〈メアレス〉と名高い〈夢魔装(ダイトメア)〉が、泣き言か。 | ||
最強云々の方は前から返上を検討しているんだが、申請先がわからなくてな。 | ||
リフィルの皮肉に、ラギトは鷹揚な笑みを返した。 | ||
さておき、ひとつ共闘と洒落込みたい。報酬は、とどめを刺した者の総取りということで、どうだ? | ||
首を落とした者勝ちね。 | ||
面白いじゃない。 | ||
あたしはぜんぜんオッケっす! | ||
妨害はアリか? | ||
お父さん! | ||
最後に君がうなずくのを見て、ラギトは静かに敵へと向き直った。 | ||
噂の魔法使いもいるなら、心強い。これ以上の被害が出る前に、ここで叩く!! | ||
君と〈メアレス〉たちの総攻撃を受けてなお、〈ロストメア〉は動きを止めず、暴れ回る。 | ||
外殻が硬すぎる……。斬った張ったは通じないか! | ||
銃もダメね。でも、リフィルと魔法使いの攻撃は、通っているように見えない!? | ||
物理的な攻撃には強くても、魔法には耐性がないのかも! | ||
なら、攻撃はふたりに任せよう。俺たちは援護を! | ||
ラジャーっす! かき回すのは十八番なんで! | ||
癪は癪だが、倒せねえよりはな! | ||
任せるわよ、魔道士のおふたりさん! | ||
〈メアレス〉たちが一斉攻撃を開始する。君とリフィルの詠唱の時間を稼ぐために。 | ||
代わる代わる攻撃し、注意を引くゼラードたち。即席とは思えぬ連携で〈ロストメア〉を翻弄する。 | ||
見事なチームワークだと、君は感じた。互いの実力を信頼し合っていなければ、こうも背中を預け合うことはできない。 | ||
基本的には商売敵とはいえ、共通の敵と戦う者同士、彼らにしかわからない絆というものが、あるのかもしれない。 | ||
そんな話はいいから。手を貸せッ、魔法使いッ! | ||
最大の魔術の詠唱に入る君たち──その挙動を察したか、〈ロストメア〉が長い触手を伸ばす! | ||
しゃらくせえッ! バスタード、二刀ッ! | ||
アイアイ! | ||
両手に長剣を携え、割って入るゼラード。馳せる刃風が、無数の触手をなますに刻む。 | ||
不意に、その動きが鈍った。 | ||
──う!? | ||
瞬間の隙。薙ぎ払われた触手がゼラードを直撃。男は木端のように跳ね飛ばされ、石造りの橋の上を激しく横転する。 | ||
お父さん! | ||
平気だッ……! リフィル、魔法使い! やっちまえっ!! | ||
ゼラードの声を背に受けて、君とリフィルは、ほとんど同時に魔法を放った── | ||
〈ロストメア〉の消滅を確認し、〈メアレス〉たちは安堵の息を吐いた。 | ||
はぁ~、勝ったぁ~……。やー、魔法使いさん、いい腕してんですね! | ||
まったくだ。助かったよ、魔法使い。改めてあいさつをさせてくれ。ラギトという。 | ||
ラギトの全身にまとっていた魔力が、肌に沁みこむようにして消えていく。 | ||
その禍々しい魔力には、覚えがある。君の表情からそうと察したのか、ラギトは軽く苦笑した。 | ||
気づいているようだが、〈ロストメア〉だ。 | ||
手違いで同居を許してしまってな。家賃代わりに、力を使わせてもらっている。 | ||
よく言うわ。完全に飼いならしてるじゃない。並みの精神力じゃ意識を食い尽くされてるとこよ。 | ||
図太いのが取柄でね。細かいことを気にしなければ、誰でもできる。 | ||
身体に棲みつかれるってのは、〝細かいこと〟レベルじゃないと思うんですけどねえ……。 | ||
わいわいと盛り上がるミリィたちをよそに、君とリフィルはゼラードのもとへ向かった。 | ||
ようやっと身を起こしたゼラードを、コピシュが心配そうに支えている。 | ||
……らしくないわね。〈徹剣(エッジワース)〉。あなたが剣を使って遅れを取るなんて。 | ||
メシ食ったばっかで運動したもんだから、ちょいと脇腹が痛くなっちまったのさ。 | ||
軽口を叩くゼラードに、リフィルは嘆息した。 | ||
……まったく。いちおう礼を── | ||
なあ、〈黄昏(サンセット)〉。 | ||
……何かしら。 | ||
いつか言ってたな。おまえさん、魔道士の家柄に生まれて、ずっと魔法ばっか習ってきたってよ。 | ||
リフィルは、怪訝げに眉をひそめた。 | ||
……そんな私が、剣ばかり習ってきたあなたと似ている──と? | ||
ま、な。 | ||
似ているから、なんだっていうの。 | ||
ひとつの技だけ磨いてると、こういう不器用な人間になっちまうぞ、って話さ。 | ||
だから、まあ、いいと思うぜ。バイトすんのも。なんなら、そのまま料理人になったってな。 | ||
〈メアレス〉なんてなァ、別に好きでやってるもんじゃない。〝そうなっちまった〟ってだけのこった。 | ||
別の夢を持てそうなら、その方がいいってもんさ。なぁ? | ||
そうやって、同業者を減らそうって魂胆? | ||
ま、それもある。 | ||
あいにく、夢は見ない。それに、そういう心配なら不要よ。 | ||
私、フォークもナイフも、スプーンだって使えるもの。 そういう話じゃねえっつうの。 | ||
口を”ヘ”の字にするゼラードの隣で、コピシュが、くすくすと笑っていた。 | ||
〝種〟の反応が消えた……ふふ。リフィルがやってくれたみたいね。 | ||
何を照らすこともない闇のなか、少女がうそ笑む。 | ||
アストルムの〈秘儀糸〉も張りきった。あとは障害を取り除くだけ……。 | ||
つと、凍える瞳を真横に向けて──少女は期待に笑みを濃くした。 | ||
さあ、出番よ。せっかくだから、ことのついでに〈メアレス〉を1人、排除してもらおうかしら。 見限られた夢として……復讐を果たしなさい。あなたを捨てた本人に……。 | ||
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