閉ざされた夢の復讐
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……いいかしら、魔法使い。訊きたいことがあるんだけど── | ||
”オフ”の日の、穏やかな昼下がり。 | ||
リフィルが、突然、君の部屋を訪ねてきた。 | ||
いいよ、なんでも聞いて、と笑いかけると、リフィルはわずかにためらいの顔を見せ── | ||
意を決したように、こちらをひたりと見つめ、問うてきた。 | ||
……魔道士でいるのって、どんな気分なの? あなたのいた世界では……。 | ||
なぜそんなことを聞くのだろう、と思いながらも、君はクエス=アリアスの魔道士について語った。 | ||
魔道士ギルドを結成し、日夜、魔法の研究と実践を重ねて、さらなる高みを目指していること。 | ||
叡智の扉を開き、精霊からの問いかけに答えるため、精神修養と格物到知に努めていること。 | ||
”魔法使いは人々の奉仕者たれ”の精神のもと、人々の依頼を受け、困りごとの解決に勤しんでいること……。 | ||
君の語る”クエス=アリアスの魔道士”像を、リフィルは、じっと黙して聞いていた。 | ||
やがて、君が語り終えたところで、彼女はひとつ、重々しく吐息し、複雑な表情のまま目を伏せた。 | ||
……そう。それがあなたの世界の魔道士の姿なのね。 | ||
そんな彼女の姿に、君は思わず、これまでずっと気になっていた疑問をぶつける。 | ||
リフィルは──彼女の〈人形〉は、どうして魔法を使えるのか、と。 | ||
答えづらい質問かと思ったが、リフィルは、特に嫌がるぞぶりもなく、話し始めた。 | ||
私の家──アストルム一門は、古の時代から数多の魔道を修めてきた。 | ||
戦うための魔法、身を守る魔法、傷を癒す魔法。呪いの類や、精神に干渉する魔法までも。 | ||
でも、人々が魔力を失い、魔道が廃れ尽くした今、一門の人間でさえ、魔法を扱えなくなった……。 | ||
その未来を祖先は予知していた。だから死後、己の骸を改造させて〈人形〉型の魔道書とした。 | ||
まだ魔法を使えた時代の魔道士……その骸を魔道書にしたから、魔法が使えるわけにゃ。 | ||
そうよ。もっとも、魔力の補充はいるけどね。 | ||
そこまでして魔法を使わなくても、この世界には便利な機械がたくさんあるにゃ。 | ||
魔道は一門のすべてだったのよ。捨て去ることなどできない。 | ||
けれど、もはや魔道再興は叶わない……だからせめて魔法があるという事実を残そうとした。 | ||
〈人形〉を操り魔法を使い続けることで、魔法の存在を”保存”し続ける。それが、一門の務め……。 | ||
ならば、リフィルも── | ||
リフィルとは”代替物(リフィル)”……。”器を再び満たすもの”……。 | ||
私は、〈人形〉に魔法を使わせる部品に過ぎない。ずっと、そういうものとして生きてきた。 | ||
だから──私には、自分自身の夢がない。自ら望んだ、夢なんてものは……。 | ||
別に、それで構わないのだと思っていた。 | ||
でもあなたを、本物の魔道士を見ていると── | ||
なんの夢も持たずに生きることに……人としてなんの意味があるんだろう、って── | ||
瞳に深い苦悩の色を乗せ、リフィルは静かに頭を振った。 | ||
私、どうして……今さら、こんな話……本当に今まで、気にもならなかったことなのに……。 | ||
快活なざわめきに満ちた雑踏が、目の前に広がっている。 | ||
いつもなら気に留めないような、当たり前の風景。 | ||
今はそれが、別のもののように見える。うかつに踏み込むことをためらわせる、うねり狂える荒波のように── | ||
ホントに……見たんだな? コピシュ。その……お母さん。 | ||
うん……まちがいなかった……と、思うんですけど……。 | ||
いや……疑うわけじゃねえんだが。 | ||
……いるかな。あいつ。こんな都市に……。 (……何を考えてるんだ? え? 〈徹剣(エッジワース)〉よお……) (探して……どうするんだ? また、いっしょに、なんて……できるのか? そんなこと──) | ||
私……もう耐えられないの……夫が、いつ死んで帰ってくるかもわからないなんて……! | ||
剣は、人を斬る武器だ。それを手にして戦う以上、剣士にとって、死は覚悟すべき宿命なんだ。 | ||
あの子まで剣を教えて……っ! あなたは、あの子まで……あの子まで、剣しか知らない怪物にする気なの!? | ||
こんな時代だ。身を守れた方がいいじゃないか。コピシュだって、あんな楽しそうに、剣を……。 | ||
もう、耐えられない……耐えられないのよ……。 | ||
わからない。本当にわからないんだ。教えてくれ。何がいけなかったんだ。何がそんなに君を……。 | ||
(剣以外で……初めてできた大切なもの……。それを守る……それが俺の夢だった……) | ||
(だが消えた。だから〈メアレス〉になったんだ。なのに……どうして、俺は……今さら……) | ||
! お父さん……あそこ! | ||
……! | ||
息を呑む。我知らず。そうすることしかできなかった。 | ||
小さな指の示す先──雑踏の奥から、何気ない風情で現れる、ひとりの女性。 | ||
立ち尽くすこちらの姿に気づいて──彼女もまた、その眼を驚きに見開いていた。 | ||
コピシュ──あなた……。 おまえ……どうして──ここに……。 | ||
ゼラード……。私……。 | ||
私……もう一度、あなたと── | ||
──!! お父さん! そいつ、違うッ!! | ||
灼熱。腹に。炎のような熱と衝撃が。爆ぜる。 | ||
ゼラードは、ただ茫然と見つめている。 | ||
妻の手を。紅に染まった、その指先を。 | ||
〈ロスト……メア〉……。 | ||
まさか──おまえ──俺の──捨てた── | ||
お父さんッ!! | ||
瞬間。 | ||
ゼラードはカッと眼を見開き、喉も裂けよと叫びを上げた。 | ||
ファルシオン! スティレットッ! | ||
ア──アイアイッ! | ||
条件反射。コピシュが即応。飛来する曲刀と短剣。受け取る。一閃。妻の姿をした者へ。容赦なく。 | ||
ハハハハハハハハハッ! | ||
異形の顕現。異形の哄笑。苛烈の刃をするりと逃れ、にたりと口を歪ませる。 | ||
コピシュっ……! 誰でもいいっ! 〈メアレス〉どもを、呼んでこいッ!! | ||
でも──お父さん!! | ||
いいからッ! 行けェッ! | ||
父の咆哮。娘は、震えながらうなずいた。 | ||
わ、わかりました……無茶しちゃだめですよ! ぜったいですよ! お父さん!! | ||
急いで走り去るコピシュに、敵の目が向く。 | ||
それをさえぎるべく、ゼラードは立ちふさがる。 | ||
恨んでんのは、俺の方だろ……ええ? お望みどおり、相手をしてやるよ……。 | ||
手にした剣が、異様なまでに重く、冷たい。 | ||
湧き上がる不安、恐怖、絶望、後悔── | ||
そのすべてを噛み殺し。 | ||
ゼラードは、吼えた。 | ||
俺には剣しかねえ──だがな── 剣なら負けねえっ!! | ||
リフィルさん! 魔法使いさんっ!! | ||
コピシュ? いったい── | ||
お父さんを── | ||
お父さんを……助けてぇっ……!! | ||
はあッ!! | ||
剣を振る。これまでどおりに。培ったすべてを出し切っていく。 斬りつける。〈夢〉の絶叫。痛ましさが胸を衝く。夢を潰す痛みに身体が震える──押し殺す。 敵の反撃。異形の刃。短剣の鍔元で受け止め、曲刀で斬り返す。翻る剣光を敵の牙が噛み止めた。 刃を折られる。いつもなら代わりを頼むところ。今はない。ただ独り。それでいい。守らねば。 撃ち合うたびに、心が冴える。意識という意識が揺るぎなく研ぎ澄まされてゆく──剣のごとくに。 色すらも抜け落ちたような静寂。無我なる地平。ただ剣を振るい敵と戦うためだけの極地へと── 到る。踏み込む。娘の名すら、今は忘れた。そうでなければ守れない。剣に。剣にならねば。 | ||
わ──私は── | ||
前進。一閃。連なる刃。見切り、受け止め、断ち割り、前へ。 | ||
私は──おまえの夢だぞ! おまえが、かつて! 真に夢見た未来なのだぞ!!なのに──!! | ||
前進。一閃。交わる刃。いなし、受け切り、刺し貫き、前へ。 | ||
結局は、剣か! 剣に頼るか! 夢すら持てない剣のままか!! ならば──剣に死ねぇッ!! | ||
牙が来る。無数。そんなわけがない。よく見ろ。せいぜい22。ならば凌げる。凌げ。剣で! | ||
おぉぉぉおおおおおおぁあああああああッ!! | ||
斬る裂く叩く断つ割る破る流す折る壊す貫く潰す、打つ薙ぐ刻む突く蹴る弾く躱す削ぐ崩す擲つ砕く。 凌いだ果てに、なお前へ。 至近距離。妻の顔をした怪物が驚愕に震える。 これまでの人生においてまったく最高の、どんな敵をも切り伏せうる一刀を、 前へ── | ||
ゼラードッ!! | ||
戦場に辿り着いた君たちは、見た。 | ||
恐怖の表情を顔に張りつけて凍りついた、女性型の〈ロストメア〉と── | ||
その前に倒れ伏した、ひとりの男を。 | ||
動かない。ぴくりとも、その手に剣を握ったまま。力という力を使い果たしたかのように。 | ||
リフィルの瞳が、それを映して── | ||
──貴様ぁっ!! | ||
激昂の叫びが、宙を割った。 | ||
駆けつけた〈メアレス〉たちの攻撃が、〈ロストメア〉に殺到する。 だが──不意に〈ロストメア〉の全身が霧散し、攻撃のすべてが宙を裂くに終わった。 散じた〈ロストメア〉の身体は、再び集合──もとの姿を取り戻す。 | ||
こいつ……霧になる!? | ||
ふ──はは──ははははははは! | ||
そうだ! 私にはこれがあったじゃないか!! あの人に授かった力!剣など、恐れる必要もなかったのだ!! | ||
〈徹剣(エッジワース)〉がやられるわけだ……! リフィル、魔法使い! 魔法を頼めるか! | ||
言われるまでも── | ||
……う!? | ||
糸を繰ろうとしたリフィルの動きが、一瞬止まる。そこへ〈ロストメア〉の猛然たる体当たりが来た。 | ||
ぅあっ……! | ||
リフィルッ! | ||
リフィルは軽々と吹き飛ばされ、石畳の上を激しく転がった。 | ||
ぐったりと、力なく倒れ伏す少女の瞳には、しかし、絶えざる熱火が烔々と輝いている。 | ||
なめるな……!! | ||
血を吐くような叫びに、背後の人形が応えた。滑らかに印を結び、即座に術を成す。 打たれながら練り上げていた魔法。君の足元に膨大な魔力を秘めた魔法陣が描かれる。 | ||
潰せぇっ! 魔法使いっ!! | ||
少女の声と、魔法陣から流れ込んでくる魔力と。ふたつの後押しを背に受けて。 | ||
君は、最大の魔法を解き放った。 | ||
〈ロストメア〉の消滅を確認し、倒れたゼラードの方を振り向くと、アフリトの姿があった。 | ||
アフリトさん……! お父さんは── だいじょうぶだ。息はある! | ||
なんだと? その傷でか……!? | ||
〈黄昏(サンセット)〉、癒しの術は使えるか! | ||
……ええ! | ||
アフリトが手早くゼラードに止血を施すなか、君とリフィルは回復の魔法をかけ続けた。 | ||
お父さん……お父さん……! | ||
応急処置はした。病院へはわしが運ぼう。 | ||
わ、わたしも行きます! 行かせてください! | ||
アフリトがゼラードを担ぎ上げる。そのさまを見ながら、ラギトが頭を振った。 | ||
……霧に変じる〈ロストメア〉とはな。〈徹剣(エッジワース)〉は運がなかった……。 | ||
……違う。 | ||
コピシュから聞いたわ。ゼラードは不意打ちで深手を負ったと── | ||
馬鹿な。彼ほどの剣士なら、不意を打たれたところで、むざむざやられるはず── | ||
夢を持つものは、〈ロストメア〉とは戦えない。 | ||
リフィルの言葉に、その場の誰もが息を呑んだ。 | ||
兆候はあった。気づくのが遅れた。彼は……夢をもたらす”毒”に蝕まれていた。 | ||
そういえば、前の戦いでも突然動きが……。 | ||
言いかけ、ミリィはハッとリフィルを見やった。 | ||
少女は、きつく拳を握っている。 | ||
……”毒”って言ったわね。リフィル。それってまさか、単に夢を見たんじゃなく── | ||
そう。何者かによって、流し込まれたということよ。彼も……そして、私も。 精神への干渉……この術は……!! | ||
少女の唇から、煮えたぎるような怒りの声がこぼれた。そのとき── | ||
都市が、揺れた。 | ||
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