夢と現実の狭間の都市
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答えて。あなた、なぜ魔法を使えるの。〈メアレス〉……それとも、〈ロストメア〉? 落ち着きなさいな、リフィル。世の中広いんだし、あなた以外に魔道士がいるってこともあるでしょ。 | ||
リフィルと呼ばれた少女は、じろり、と、その鋭い視線を傍らの女性に向けた。 | ||
……勝手に人の素性をしゃべらないで。ルリアゲハ。 | ||
女性──ルリアゲハは気にした風もなく、意味深な笑みを浮かべ、こちらにウィンクする。 | ||
しゃべると言えば、その猫ちゃん。さっきしゃべったわよね? 「キミ!」って。 | ||
う。 | ||
……とまあ、いろいろ気になるふたりだけれど。急がないと〈ロストメア〉に逃げられちゃうわよ。 | ||
……そうね。 | ||
リフィルの瞳が、再び君を捉えた。 | ||
ついてきなさい。話はその後で聞く。 | ||
いいの、リフィル? 〈ロストメア〉との戦いに巻き込んじゃうわよ。 | ||
すでに、あれと戦っていながら、けろりとしている。 | ||
そういえば、そうね。なら、問題ないか。 | ||
……ああ言ってるけど、どうするにゃ、キミ? | ||
ついていこう、と君は答えた。こちらとしても、彼女たちに尋ねたいことがいろいろある。 | ||
ついていくのは、いいけどにゃ。せめて、あの魔物が何者かくらいは、先に教えておいてほしいにゃ。 | ||
あれは〈ロストメア〉。かつて誰かが抱いて捨てた〈見果てぬ夢〉の、その化身。 | ||
夢……にゃ? | ||
そ、夢。〝夜に見る〟方じゃなくて、〝叶えようとする〟方のね。 | ||
誰もが夢を叶えられるわけじゃない。諦めて、捨て去ることもある。 | ||
それが、ああなる。〈見果てぬ夢〉が。〈ロストメア〉になる。 | ||
君は、思わず息を呑んだ。 | ||
〈見果てぬ夢〉──あの怪物が、誰かの夢だったなんて。 | ||
奴らは、夢と現実の狭間にあるこの都市を通って、〝現実〟に出ようとする。 | ||
〈ロストメア〉が〝現実〟に出るということは、その〈見果てぬ夢〉が実現することを意味する。 | ||
夢が自分で自分を叶えるなんて無茶が通ると、周囲にどんな影響が出るかわからないのよね。 | ||
下手したら、夢と現実の境がなくなって、何もかも混沌に呑まれてしまいかねないの。 | ||
では、彼女たちはそれを防ぐために戦っているのだろうか? | ||
そう。私たちだけが、〈ロストメア〉と戦える。 | ||
〈メアレス〉──〈夢見ざる者〉だけが。 | ||
君たちは、逃げる〈ロストメア〉を追って、家屋の屋根を飛び石代わりに跳躍していく。 | ||
時折、〈ロストメア〉によく似た小さな怪物が行く手を阻んだが、君たちの敵ではなかった。 | ||
〈悪夢のかけら〉くらいならどうとでもなるのね、魔法使いさん! 体力もばっちり! | ||
屋根の上を並走しながら微笑むルリアゲハに、君は、〈悪夢のかけら〉? と問いを投げる。 | ||
さっきから出てきてる奴らのこと。〈ロストメア〉の分身とでも思って。 | ||
つまりは前座よ。〈かけら〉をいくら倒しても、本体を叩かなければ意味がない! | ||
リフィルの言葉を受けて、君は前方の宙をひた走る〈ロストメア〉に視線を戻した。 | ||
〈ロストメア〉は必ず、この都市の中心にある門を目指す── | ||
壮麗な意匠の門が、遠くに見える。この都市のどんな建物よりも大きく重厚で、圧倒的な存在感を放つ、石造りの門だ。 | ||
あの門が、〝現実〟との出入り口──あそこを通ることで、〈見果てぬ夢〉は現実と化す! | ||
昼と夜、現実と夢の混じり合う黄昏時だけね! つまり、いま飛び込まれるとまずいわけ! | ||
無論、許す気はない! | ||
墜とせッ、ルリアゲハッ! | ||
ちょうどそうする1秒前よ! | ||
答えた直後、ルリアゲハの右手がかすんだ。 | ||
響く銃声。弾ける銃火。撃った、と遅れて気づくほどの早撃ちだった。 | ||
ちょうど敵が屋根を踏み台に跳躍した瞬間、その背面に銃弾が直撃──体勢を大きく崩させ、屋根へと叩き落とす。 | ||
繋げ、〈秘儀糸(ドゥクトゥルス)〉! | ||
続けて、叫ぶリフィルの足元に魔法陣が生じた。そこから数条の光り輝く糸が現れ、指に巻きつく。 少女がそれをつかんで引くと──魔法陣から、骸骨めいた人形が、ずず、と引きずり出された。 | ||
君は思わず、ぞっとなった。現れた人形から、すさまじく濃密な魔力の胎動を感じたせいだった。 | ||
修羅なる下天の暴雷よ、千々の槍以て降り荒べ! | ||
リフィルがすばやく糸を繰るのに呼応し、人形の指が複雑怪奇な印を結ぶ。 | ||
すると人形の眼前に無数の小さな魔印が浮かび、そのすべてが迅雷の槍となってほとばしった! | ||
カードも精霊も使わない魔法……! やっぱり、ここは異界にゃ! | ||
千々の雷火に撃たれた〈ロストメア〉が悶え、苦しんでいる間に、君たちは距離を詰めた。 | ||
もはや逃げられぬと悟ったか──異形の怪物は、こちらを向いて起き上がり、低い唸りを発する。 | ||
そうよ、〈ロストメア〉。私たちを破らずして、おまえが門を潜る未来はない── | ||
聞くもおぞましい咆哮を放つ〈ロストメア〉。リフィルは眉ひとつ動かすことなく、糸を構える。 | ||
そんな叫びに意味はない。夢見ざる〈メアレス〉は、夢を潰すことをためらわない! | ||
〈見果てぬ夢〉なら──らしく潰れろッ!! | ||
"数撃ちゃ当たる"の理屈で攻める! | ||
腰だめに構えた銃に左手を添えるルリアゲハ──直後、その銃口が火の五月雨を噴いた。 | ||
狙いは定まらぬが、回避も難しい、怒濤の連射。2発が敵に直撃し、その突進を食い止めた。 | ||
ほんの一瞬の遅滞。ふたりの魔道士が魔法を放つには、充分な一瞬だった。 | ||
馳せ来れ、咆哮遥けき地雷! | ||
君とリフィルの魔法が閃いた。ふたつの魔力が、〈ロストメア〉の身体を十字に引き裂く。 | ||
〈ロストメア〉は、長く尾を引く痛ましい悲鳴を上げながら、ぐずぐずと崩壊していく……。 | ||
手こずらせてくれた分、実入りは良さそうね。 | ||
崩れゆく〈ロストメア〉から淡い光がこぼれ、少女の魔法陣に吸い込まれていく。 | ||
あれは、魔力にゃ。〈ロストメア〉は魔力を秘めているにゃ……? | ||
君とウィズが首をかしげていると、ルリアゲハが称賛の声を送ってきた。 | ||
一丁上がり。なかなかやるじゃない、猫ちゃん連れの魔法使い。それに、本当に平気なのね。 | ||
どういう意味だろう? 眉をひそめる君に、リフィルがじろりと視線を向ける。 | ||
夢を持つ者は、〈ロストメア〉とは戦えない。”夢を潰す”ことに、心が耐えられないから。 | ||
不思議に思うだろうけど、そうなのよ。奴らの声は、夢見る人間の敵意を削いでしまうの。 | ||
夢を見ない者だけが、ためらいなく夢を潰せる。あなたもそうなの? 魔法使い。 | ||
いや、と君は首を横に振る。自分にも、夢がないわけではない。 | ||
夢を持っていながら〈ロストメア〉と戦えた……ということ? そんなはずが── | ||
……いや。ああも魔法を使いこなす時点で、”ありえない”なんて言っても仕方がないか。 | ||
君も魔法を使っていたけどにゃ? | ||
私が魔法を使えるわけじゃない。使えるのは、この〈人形〉の方。 | ||
どこが憮然として告げてから── | ||
リフィルは、ひたり、と君を見据える。 | ||
人が魔力を失い、魔道が廃れ、長い時が経った。 | ||
ここは、そんな世界よ──魔法使い。 | ||
くれなずむ都市の片隅に、ふたつの小さな影があった。 片方は、少女。華美なる衣装を身にまとい、あどけない口元に妖しげな笑みを刻んでいる。 片方は、異形。〈見果てぬ夢〉の成れの果て。生まれて間もない幼き〈ロストメア〉。 まださほどの力もないとはいえ、人間にとってはれっきとした脅威の塊──にもかかわらず、少女は慈しむような手つきで異形を撫でていた。 春に舞う花弁のような唇から、甘く愛らしい声音がこぼれる。 | ||
あなたの夢、叶えさせてあげる……。 | ||
微笑む少女の瞳に、ぞっと魔性の色が差す。 | ||
すると──その手から禍々しい魔力が放たれ、〈ロストメア〉の身体へと流れ込んでいった。 | ||
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