光の巨神と闇の騎神
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光の巨神と闇の騎神
アルドベリク | ルシエラ | チッタ |
ディール | タウルケンド | デステリオ |
・プロローグ 新生の双翼
①幽閉された白い羽
魔界の王のひとり、アルドベリクは魔界の底にある永劫牢に向かっていた。 | ||
イザークの奴め……。 | ||
彼が忌々しげにその名を口にするのも無理はなかった。 | ||
彼がいまこんなところにいる理由も、これからやらなければいけない厄介事にも、その名が関わっているのだ。 | ||
つまらん仕事を押しつけおって……。 | ||
それもあったが、なによりもイザークが最後に言った一言が彼の癪にさわった。 | ||
お人好しの貴公には適任だ、そうイザークは言ったのだ。 | ||
堕天した魔族風情が生粋の魔族たる自分に、お人好しとは、怒りを通り越して笑えてくる。 | ||
だが、会議で決まったことには従わねばならん。 | ||
どんなに意に沿わぬことがあろうと、魔界の最高意思決定の場たる王侯会議にて決まったことを、ないがしろにするわけにはいかない。 | ||
それがアルドベリクの考え方である。 | ||
もしイザークがその場にいたら、こう付け加えていただろう。 | ||
真面目な奴だ、と。 | ||
冷たい瘴気がたちこめた通廊を進んでいくと、ひとつの牢に行きついた。 | ||
幾重にも封印の魔法が重ねられた獄の奥には、それとは不釣り合いなか細い影があった。 | ||
おい。顔を見せろ。 | ||
あ、こんにちは。 | ||
脱出不可能の魔界の永劫牢に閉じ込められた者の発言にしてはあまりにも陽気で、脳天気な発言だ。 | ||
……なんだそれは? | ||
彼がそう言ってしまうのは当然だ。 | ||
挨拶ですけど……? よくなかったですか? | ||
永い間、魔界に囚われている天使と聞いたが、そうは見えないな。 | ||
囚われの身らしく、しくしくと泣いていた方が良かったですか? | ||
そういうの、堅苦しくないですか? 私、自分のやりたいことは自分で決めますよ。 | ||
泣きたくなったら泣くし、笑いたかったら笑います。 | ||
闊達に喋り続ける彼女に対してアルドベリクは沈黙で返した。 | ||
ようやく彼女がひとしきりのことを言い終えたのを見計らい、 | ||
名は? | ||
と、簡潔に問うた。 | ||
ルシエラ・フオルですよ。 | ||
出ろ……。貴様に手伝ってもらうことがある。 | ||
そう言って、漆黒の光に輝く右手を永劫牢にかざした。重々しく錠が外れる音が通廊に響いた。 | ||
少女は一歩としてその場から動こうとはしなかった。 | ||
あなたのお名前聞いていませんけど? | ||
少女はやわらかく笑った。 | ||
知らない人にはついて行かない方が良さそうですから。 | ||
アルドベリクだ。 | ||
それを聞いて納得したように彼女は牢の敷居をまたいだ。 | ||
はい。よろしくお願いします。 |
ところでアルさん? 私がお手伝いすることってなんでしょうか? | ||
永劫牢を出た所で少女は問いかける。アルドベリクは立ち止まり、ゆっくりと振り返った。 | ||
……アルドベリクだ。 | ||
私がお手伝いすることをちゃんとお聞きしてなかったんですが……? | ||
それ以外の問題など何もないというような目で、彼女はこちらを見返す。 | ||
…………。 | ||
言うべきことを先に言われてしまった気がして、アルドベリクは話を進めた。 | ||
その話は今回の王侯会議で決まった彼が担う役割についてである。それは──。 | ||
ある世界の人間があらゆる技術を結集して、ひとつの超越した存在を作り上げた。 | ||
それは巨大な兵器であった。名を「エルデステリオ」という。 | ||
人々は不遜にもそれを「神」と呼び、魔族に戦いを挑んできたのだ。 | ||
そして、俺にそのまがい物の神を打ち倒す役目が回ってきた。 | ||
なぜかイザークがお前を使うことを勧めてきた。お前、なぜ魔界で囚われていた。 | ||
ああ、それですか。単に魔界に来たときに捕まっただけですよ。 | ||
せっかく私を頼ってくれたんですからなんでも手伝いますよ。 | ||
なんといっても、私を解放してくれましたからね。 | ||
開放感を表現したいのか、彼女はひらりと白い羽を広げて宙を回った。 | ||
早速ですが、ひとつ提案です。 | ||
相手がそんな巨大な兵器で向かってくるなら、こちらも同じもので抵抗するのはどうでしょう。 | ||
というと? | ||
魔界の巨人タウルケンドに相手させるんです。 | ||
ふむ。 | ||
と言って彼は腕組みをした。たしかにその方法なら相手に対抗できるかもしれない。 | ||
同時にそんなことをすれば、人の世界にどんな被害をもたらすかわからない。 | ||
それを考えると最善の策には思えない。 | ||
いや……! | ||
頭をあげてみると、すでに少女の姿はなかった。 | ||
まったく……。 | ||
慌てて少女の後を追った彼が再び彼女と出会った時、巨人タウルケンドの姿はすでになかった。 | ||
あ、アルさん! タウルケンドなら快く了承してくれましたよ。 | ||
……アルドベリクだ。余計なことをしてくれたな。 | ||
でも、おっきい人にはおっきい人をあてがった方がいいですよ。 | ||
そういう問題ではない。無駄に被害を増やすな。 | ||
ああ、なるほど。アルさんはお人好しですね。 | ||
天使のくせに妙な言い様だ、と彼は思った。 | ||
……アルドベリクだ。追うぞ。 | ||
はーい。わかりました! |
人の世界に降りた黒と白の羽は、荒れ果てた大地の様子を見て、意外な事の顛末を知った。 | ||
どうやら人は自らが造りだしたものを制御することが出来なかったようだな。 | ||
人よりも永い時を生きる彼にとってそれは何度も見た事の成り行きであった。 | ||
人はまたもや同じ轍を踏むのか。 | ||
そう思うと他人事とは言え、虚しさが彼の心を通り抜けた。 | ||
よくあることですね。 | ||
随分、辛辣な言い様だな。 | ||
でも本当の事ですよ? | ||
無邪気なのか? だとすれば無邪気ほど残酷なものもないな、と彼は思った。 | ||
まだ俺たちの相手がどうなったかを確かめる必要がある。行くぞ。 | ||
はーい! | ||
その世界の果て近くまで行くと、ふたりは強力な魔力の力場を発見する。 | ||
空間を歪め、ひしゃげさせ、大きな穴となったそれを見て、アルドベリクはぽつりと言った。 | ||
歪みか。 | ||
タウルケンドさんとその、エルなんとかさんが戦ったことで出来ちゃったんでしょうか。 | ||
おそらくな。ふたつの魔力の痕跡もある。ふたつとも歪みに呑まれてしまったのだろう。 | ||
では万事解決ですねっ! | ||
彼女が跳ね上がってそういうのを見て、もはや無邪気とは言えんな、とアルドベリクは思った。 | ||
そういうワケにはいかん。俺の仕事は奴を葬ることだ。追いかける。 | ||
でた! またアルさんのお人好し! | ||
追いかけるのはいいですけど、歪みが閉じちゃったら戻って来れないですよ。 | ||
お前が歪みを維持しておけ。それくらい出来るだろう。 | ||
背中を預けるには不安はあるが……。 | ||
少女は演技がかった仕草で腕組みをして呻った。 | ||
うーん……。 | ||
わかりました! では私が行きましょう! | ||
……なぜだ? | ||
なぜって……。私を解放してくれたアルさんにそんな危ない真似はさせられません! | ||
それに、私の見た目の方が皆さん信用してくれますからね。これを利用しない手はありませんよ。 | ||
向こうの世界の人に協力してもらい対処します。 | ||
見も蓋もないことを……。だがその通りだ。 | ||
方針は決まった。アルドベリクは魔力を放出し、歪みを押し広げた。 | ||
俺がこうしている間は歪みが閉じることはない。行け。 | ||
はーい! では行ってまいりまーす。 | ||
ふとアルドベリクは胸にわだかまる小さな疑問を口に出した。 | ||
そういえばお前、なぜ魔界に来た? 自分で魔界に来たのか。 | ||
それとも魔界に来ざるを得なかったのか? | ||
例えば天界を追われたとか……。どうもそんな気がするな。 | ||
歪みの中に向かおうとする彼女の横顔を見ると、少しだけ口角が上がったように思えた。 | ||
そして彼女は振り返り、言った。 | ||
内緒です。 | ||
……答えは帰って来てから聞くとしよう。 | ||
歪みの中に消えた白い羽は、やがてとある世界へとたどり着く。 | ||
その世界の名はクエス=アリアスといった。 |
決戦直前
異界の歪みに妙な動きがあると伝え聞き、君は境界騎士団の砦に駆けつけた。 | ||
すでに多くの魔道士たちが集まっている。 | ||
異界の歪みの影響か、空には暗雲が渦巻いている。 | ||
そんな空を見上げていると、まるで季節外れの雪のように、白い羽が舞い落ちてきた。 | ||
そのひとつひとつがわずかに燐光を帯びており、ありきたりな言葉だが……。 | ||
幻想的な光景だった。 | ||
何が起こってるにゃ? | ||
舞い落ちてくる白い羽の先に人影が見える。その輪郭は、人の、女の子のようにも見えた。 | ||
ただ一点違うのは、彼女には大きな翼があるのだ。 | ||
その少女は君の前に舞い降りると、やさしく笑った。 | ||
あなた、知り合いのお人好しさんに雰囲気がとっても似ています。 | ||
私はルシエラ。天界の使いです。私のお仕事を手伝ってくれませんか? | ||
君はルシエラという名の少女の話を詳しく訊いてみた。 | ||
彼女の話は、これから異界の歪みを通ってやってくる敵を討つ手伝いをしてほしいということだった。 | ||
とても簡単なお仕事ですから、すぐに終わらせることができますよ。 | ||
異界の歪みを通ってやってくる敵がそんな簡単に倒せるとは思えないにゃ。 | ||
君は、ウィズの言うことも一理あるな、と思う。 | ||
本当に? と白い翼の少女に確かめてみた。 | ||
ええ、本当です。だから騙されたと思って手伝ってください。 | ||
彼女の言葉は悪びれる様子もなかった。本気でそう信じているのかもしれない。 | ||
じゃないと世界が滅びちゃいますよ。 | ||
にゃッ! | ||
これまでの会話からとんでもなく飛躍したその言葉に、君をウィズは一緒になって驚いた。 | ||
ど、どういうこと? と君はルシエラに訊ねた。 | ||
どうやら彼女が追いかけている敵は別の異界をひとつ壊滅させるほどの敵らしい。 | ||
それを早く言ってほしいにゃ……。 | ||
彼女の言葉を聞いた誰もが戦いは不可避なものであると悟った。 | ||
その様子を見て、ルシエラは白い翼を羽ばたかせ飛びはねる。 | ||
やった! 騙されてくれるんですね! | ||
いや、騙されてはいないけどね……。 と君はやんわりと訂正した。 | ||
はーい。なんでもいいでーす。 | ||
とりあえず歪みを通ってくる敵を倒してみましょうか。よろしくお願いしますね。 |
やりましたね! この調子でどんどん行きましょう。 | ||
これからやってくるエルデステリオという巨人も皆さんなら楽勝です! | ||
でも世界を壊滅させているんだよね、と君はもう一度念押しして訊ねてみた。 | ||
そういうこともありましたけど、気にしたら負けです。大丈夫ですよ! | ||
……根拠はなさそうにゃ。気をつけて挑んだ方がいいにゃ。 | ||
とウィズは呆れた様子で君を戒める言葉をささやいた。 | ||
強大な敵の存在を知らされた君は固く拳を握りしめ、決意を新たにした。 | ||
あ、そうだ。 | ||
彼の近くにいるタウルケンドという魔族は、私の協力者だった人です。 | ||
もしかしたら皆さんに向かってくるかもしれないけど、ガツンとやっちゃえば大人しくなります。 | ||
説得はしてくれないの? と君が言うと、彼女は不思議そうな顔をした。 | ||
ガツンとやった方が早いですよ? | ||
こっちを説得する方が難しそうにゃ……。 | ||
目が覚めたらタウルケンドさんも皆さんの力になってくれます。 | ||
仲間になってもらうためにも、皆さんの力を見せた方が話が早いですよ。 | ||
やれやれにゃ。……ともかく。 | ||
ウィズは緩んだ空気を再び引き締めるように、君につぶやいた。 | ||
クエス=アリアスを守るためにゃ。細かいことは抜きにしてガツンと敵を倒すにゃ。 | ||
成り行きはともかく戦いの重さは変わらない。 | ||
君を含む魔道士たちは強敵の襲来に備え、戦いの準備を始めた。 |
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