黄昏に咲く夢
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……で、ごちそうすることになったわけ? | ||
〈メアレス〉行きつけの定食屋──〈巡る幸い〉亭。 | ||
貸し切りとなったその厨房で、リフィルは料理の準備を進めていた。 | ||
事が事だ。店は貸し切りにさせてもらった。テーブルに着いておるのは〈メアレス〉だけだ。 | ||
あと、あの〈ロストメア〉子ちゃんね。 | ||
視線の先──ミリィ、ラギト、コピシュと同じ卓に、〈ロストメア〉の少女が、にこにこと料理を待っている。 | ||
あれがリフィルの夢、って……ホントなの? | ||
認めたくないけど、たぶん。 | ||
ぐつぐつ煮込んだシチューをかき混ぜながら、リフィルは仏頂面で答える。 | ||
〈ロストメア〉の毒で、私は確かに夢を抱いた。 | ||
ほんの一瞬。結局、すぐに捨てたけど。 | ||
その夢が、あの子になった……か。 | ||
とにかく……何が狙いか、とっとと吐かせてやる。 | ||
吐き捨てるように告げて、リフィルは盛りつけた皿を運んでいく。 | ||
マトンとジャガイモと野菜のシチュー、お待ちどう。 | ||
とろみのあるシチューが卓に置かれた。食べやすいサイズに切られたマトンの肉が、色の濃い水面から顔を出し、アピールしている。 | ||
いただきまーす! | ||
少女は、シチューにスプーンを突っ込んだ。煮崩れたジャガイモとやわらかくなった野菜、それにマトンをひとさじにまとめ、口に運ぶ。 | ||
うんうん、おいしい! いいお嫁さんになれるよ、リフィル! 夢は見ない。 | ||
でも、”みんなに好かれる魔法使いになりたい”って夢は見たじゃない? | ||
それは……。 | ||
言いあぐねて、リフィルはそっぽを向いた。 | ||
……捨てたわ。すぐに。 | ||
そうだねー。だから私がここにいるわけでねー。 | ||
あくまでもにこにこと笑う〈ロストメア〉に、リフィルは憮然と問いを投げる。 | ||
どうして街中で魔法を使ったり、同じ〈ロストメア〉を倒したりする? | ||
〈ロストメア〉なら、”現実”に出るのが目的のはず。 | ||
だって、みんな、困ってたから。 | ||
シチューを平らげながら、彼女はあっさり言った。 | ||
そりゃ、門には向かいたかったけど、困ってる人がいたから、ついついね。 | ||
〈ロストメア〉のくせに。 | ||
しょーがないじゃん。リフィルがそういう魔法使いになりたい、って夢を見たせいなんだから。 | ||
私は……。 | ||
黒猫の魔法使いの姿が、脳裏をよぎる。 | ||
誰かのために魔法を使い、いつしかこの都市に溶け込んでいた、異界の魔法使い。 | ||
あんな風になれたら。 | ||
みんなを助け、みんなに好かれ……そんな風に、魔法で絆を育めたなら。 | ||
確かにそんな夢を見た。自らそうと願ったのではなく、──〈夢を見る〉という毒に冒されて。 | ||
わかってる。本当は見るはずなかった夢なんだよね。 | ||
リフィルは、ハッとして少女に視線を戻した。 | ||
少女は、あくまでも穏やかに微笑んでいる。 | ||
でもさ。いい夢だって思わない? 自分で言うのも、なんだけど。 | ||
ことり、と。空になった皿にスプーンを置いて、彼女は何もない天井を見つめた。 | ||
自分のいちばん得意なことで、みんなを助けて、喜んでもらえるって……。すごく、いいと思うんだ。 | ||
あまりにもまっすぐで、あまりにも純真な願い。 | ||
否定の言葉は出てこない。それは確かに、リフィルのなかに芽生えた願いだった。 | ||
たとえ、ほんの一時だけ見た夢だとしても。 | ||
きらめく光が、地平の彼方に沈みゆく。 | ||
いつもなら、多くの人と馬車が行き交い、無数の陰を踊り狂わせる、巨大な橋。今は、物寂しく、がらんと広がっている。 | ||
〈ロストメア〉の少女は、ルリアゲハと連れだって、踊るようにその橋を渡っていく。 | ||
あんまりはしゃぐと、転ぶわよ。 | ||
だって、なんかいいじゃん? こんな広いとこ、貸し切りだなんて! | ||
確かに気分はいいけどね。アフリト翁も、やってくれるもんだわ。 | ||
後方、少し離れたところを歩きながら、リフィルは少女の背中を見つめ続けていた。 | ||
……なんか、いい子ですよね。敵っぽい感じ、しないっていうか。 | ||
隣で、ミリィがぽつりとつぶやく。 | ||
だめなんですかね……こう……友達になったりとかって。 | ||
あまり、お勧めはしない。なにせ、気を抜けば死ぬ。 | ||
うう……説得力しかなくてめげる……。 | ||
どんないい人でも……〈ロストメア〉です。わたしたちにしか倒せない……わたしたちの、敵です。 | ||
少なくとも”現実”へ行かせるわけにはいかない。都市に留まるなら、よろしくやっていけるかもしれんが── | ||
……そういうわけには、いかないでしょうね。 | ||
橋の中央で、〈ロストメア〉は足を止めた。 | ||
ルリアゲハが数歩下がり、5人の〈メアレス〉が並ぶ形になる。 | ||
……本当に、いいのね? | ||
うん。いいよ、リフィル。 | ||
ここまで付き合ってくれて、ありがとね。でも── | ||
やっぱさ。私、夢だから。 | ||
夢にとっちゃさ。”叶える”ってことが、”生きる”ってことだから。 | ||
”現実”を目指さないわけには、いかないよ。 | ||
……馬鹿な夢。 | ||
そう思うんだったら、なりふり構わず、門を目指せばよかったのに。 | ||
それができないのが、私の私たるゆえんってことで。 | ||
まったく。難儀な夢を見たものだわ。 | ||
へへっ。 | ||
ふ── | ||
かすかに笑いを響かせて。 | ||
リフィルは、かっと目を見開いた。 | ||
繋げ、〈秘儀糸(ドゥクトゥルス)〉!! | ||
骨骸の人形が立つ。少女の背後に。揺るぎなき覚悟そのもののごとく。 | ||
光の糸を、ぐいと引き──リフィルは戦いの雄叫びを上げた。 | ||
おまえの始末は──私がつける!! | ||
はは──ははははは……。 | ||
負けちゃった……ね。あはは……。 | ||
少女が、どさりと膝をつく。満身創痍の肉体が、崩壊を始めていた。 | ||
ね……リフィル。 | ||
最期に、いっこだけ、聞いてもらっていいかな。 | ||
……言ってみなさい。 | ||
夢は、ニッ、といたずらな笑みを浮かべた。 | ||
実はね、私── | ||
あなたの夢じゃ、ないんだ。 | ||
──え? | ||
ぽかんと口を開けるリフィルに、夢は、どこかしみじみと告げる。 | ||
リフィルの夢はねえ。さすがに、一瞬すぎてさ。〈ロストメア〉にはなれなかったんだよねえ。 | ||
”なりかけ”でふらふらしててさ。せっかくだから、取り込んでおいたけど。 | ||
ちょっ──待って、じゃあ、あなたはいったい── | ||
”リフィルと友達になりたかった” ──! | ||
びきり。壊れの音が、静かに響く。そっと目を閉じ、微笑む少女の内側から。 | ||
”自分を助けてくれた少女と……この都市のために戦ってくれている魔法使いと、友達になりたかった。” | ||
びきり。また響く。後戻りのできない音色が。どこか誇り高く、鮮やかに。 | ||
”自分も魔法を使いたかった。なんでもできるあの子みたいに。なんでもできるあの子といっしょに” | ||
”みんなを助けて……みんなに好かれたかった” | ||
その夢が、私。 | ||
びきり。びきり。音が連なる。旋律を奏でるように。終わりへと加速していくように。 | ||
──あなたを願ったのは── | ||
もういない。あなたに助けてもらったけど、その時の傷、治んなくって。 | ||
それで、いなくなっちゃった。だから、私が生まれたんだよ。叶わなかった、〈見果てぬ夢〉が。 | ||
びきり。 | ||
ねえ、リフィル。あなた、自分で思ってるほど、ひとりじゃないよ。 | ||
びきり。 | ||
嫌われてるって、思ってたでしょ。へへ。リフィル、不器用だもんねえ。 | ||
びきり。 | ||
でもさ。夢がなくても、夢を捨てても。リフィル、ずっと戦ってきたじゃない? | ||
びきり。 | ||
だからさ。いるんだよ。あなたに助けられた人。あなたにあこがれた人が。 | ||
びきり。 | ||
夢を持たないあなたも、誰かの夢にはなれるんだよ──リフィル。 | ||
びきり──びきり──びきり──びきり── | ||
ね……リフィル。 | ||
びきり。 | ||
ほとんど砕ける寸前の顔に、えくぼを刻んで、夢は言う。 | ||
最期に、いっこだけ、聞いていいかな。 | ||
……言ってみなさい。 | ||
私。”叶った”? | ||
問いに。 リフィルは、震えるような苦笑を返した。 | ||
……馬鹿。 へへ……。 | ||
はにかんだような笑顔を最後に残して。 | ||
夢は、黄昏に砕けた。 | ||
時の凍てついたような静寂が、しばし続いた。 | ||
不意にそれを破ったのは、やはり不意に現れたアフリトだった。 | ||
……夢は、消えたか。 | ||
”叶った”と……そう言ってやりたいところだ、アフリト翁。 | ||
どこか神妙に、ラギトは言った。 | ||
願った本人が、もはやいないのだとしても……。あの〈ロストメア〉の願いは、きっと、叶った。 | ||
複雑なことはよくわかんないですけど。 | ||
でも、思いますよ。あの子が、最後、笑顔になれてよかったって。 | ||
いいですよね。きっと。そんな風に思ったって。 | ||
気持ちは自由であっていい。そう思ったなら、それでいいはずだ。 | ||
……そうね。 | ||
うなずくリフィルを、みなが見つめた。 | ||
少女は顔を上げていた。墜ちゆく夕陽に。焼けゆく空に。 | ||
何を見て、どう感じるかなんて……。ぜんぶ、自分が決めることよ。 | ||
自分の気持ちには、素直であった方がいい。たぶん……自分を見失わないためには。 | ||
あの子は、ちょっと素直すぎたけどね。 | ||
けど──だから、こっちも素直になれたのかもね。 | ||
……かも、しれないですね。 | ||
夜が来る。今日という日を終わらせるために。 | ||
夢を持たない〈メアレス〉にとって、日々とは、ただ繰り返すだけのものにすぎない。 | ||
だが、それでも。 | ||
ひとりの少女の素直な気持ちは、彼らの胸に、確かに何かを刻んでいった。 | ||
前に進むための何かを。 | ||
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やっぱピュアメアのストーリーは泣ける2
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