黄昏mareless
タグ一覧
>最終更新日時:
都市全体に、激震が走った。 | ||
同時に、石畳の上に蜘蛛の巣めいた禍々しい形状の糸が無数に走り、魔力の輝きを放つ。 | ||
そして──その”糸”から、ぼこり、ぼこりと〈悪夢のかけら〉が現れ始めた。 | ||
なんですか、これ!? どうなってんすかぁ!? これは……魔法陣! 都市全体に張り巡らされて、土地そのものから魔力を吸い上げている! | ||
険しい瞳で、リフィルは彼方を見やった。その先──中央の門に、”糸”が絡みついている。 | ||
都市中の魔力を……門に集めるつもりか! この魔法──やはり──! | ||
これ、魔法だっていうの!? でも、魔法なんて、あなたたち以外に、いったいどこの誰が……!? | ||
〈ロストメア〉と考えるしかあるまい。この〈悪夢のかけら〉どもはさしずめ足止めか。 | ||
リフィル、魔法使い。君たちは門に向かえ。雑兵どもは、俺たちで引き受ける。 | ||
敵が魔法を使うってんじゃ、魔道士じゃないと勝てないかもしんないですもんね! | ||
リフィルは、ちらりとコピシュを見やった。少女は父を抱えたアフリトの傍に付き添い、固く唇を結んでいる。 | ||
その姿を眼に焼きつけるようにして──リフィルは、強くうなずいた。 | ||
わかった。アフリト翁──コピシュとゼラードを、頼む! | ||
〈悪夢のかけら〉を他の〈メアレス〉たちに任せ、君たちは中央の門へと急ぐ。 | ||
人の都市で、好き勝手してんじゃねーぜ! | ||
夢のある連中は、とっとと逃げな! 悪夢にうなされても知らないよ! | ||
戦場と化した街を駆け、ようやく君たちは、中央門に辿り着く。 | ||
そこに、ひとりの少女が立っていた。 膨大な魔力を、その身にたたえて。 | ||
あら……来てしまったのね、リフィル。まあまあ、お供まで引き連れちゃって。 | ||
くすくす笑う少女に、リフィルの鋭い声が飛ぶ。 | ||
貴様──何者だ。どうして、魔法を……我がアストルム家一門の秘儀を使える! | ||
にゃ!? アストルム家のって、それじゃあ── | ||
少女は、うっすらと微笑んだ。 | ||
どうしてか──あなたならわかるのではなくて? | ||
……〈ロストメア〉か。 | ||
おまえは……我が一門がとうに捨て去った、〈見果てぬ夢〉の残骸なのか!! | ||
そう── | ||
リフィルの政党を讃えるように、少女はそっと胸に手を当てる。 | ||
”世界に再び魔道文化を花開かせる”……その夢が、私。 | ||
あなたたちは諦めた。古の人形を操り、魔法の存在を残すことだけに目的を絞った……。 | ||
だから、私ががんばるの! この都市から現実の世界にはばたいて、世界に魔法を復活させる! | ||
なら、この魔力は── | ||
ただ門をくぐって”夢”を叶えても、持っている魔力が少ないと、あまりいい夢にならないの。 | ||
叶える夢は大きくないと……ね。 | ||
微笑みながら、”夢”が空へと舞い上がる。慈愛に満ちた言葉だけを残して。 | ||
夢を見なさい、リフィル。 | ||
あなたは何もしなくていい。私が、あなたたちの夢見た世界を叶えてあげる! | ||
”夢”が、ぐんぐんと空に昇っていく。門の上──魔力の集う先へと向かって。 | ||
……どうするの、リフィル? | ||
無論──追う。 | ||
屹然と門の上を見つめながら、リフィルは言った。瞳に、固い決意の色がきらめいている。 | ||
奴には、確かめなければならないことがある……! | ||
がんばろう、と君は言った。同じ魔法の使い手として、あの”夢”を放っておくわけにはいかない。 | ||
リフィルは振り向いて、意外なほど素直にうなずいてくる。 | ||
そうね──ありがとう、魔法使い。 | ||
傍で聞いていたルリアゲハが、驚きの顔をした。こうも自然にお礼を言うなんて、とばかりに。 | ||
おそらくこの戦い……あなたの存在が鍵になる。 | ||
吹っ切れたような──道を閉ざす霧を意志の炎で焼き尽くしたような確固たる面差し。 | ||
力を……貸して。ゼラードと、コピシュのためにも──! | ||
その言葉を受けて、首を横に振れるはずもない。 | ||
うなずきながら──君もまた、悠然とそびえ立つ門の上へと視線を馳せた。 | ||
現実へと通じる巨大な門の、その上で。 | ||
”夢”の少女は、現れた君たちを前にして、あどけなく不思議そうに首をかしげた。 | ||
なぜ来たの? リフィル。私は、あなたの一門にとって、きわめて有益な存在よ? 修羅なる下天の暴雷よ、千々の槍以て振り荒べ! | ||
少女の言葉を無視し、リフィルは詠唱を紡ぐが── | ||
……ぐっ! | ||
魔法を放とうとする瞬間、苦しげに顔を歪め、束ねた魔力を霧散させてしまった。 | ||
やはり……そうか! 貴様……毒を! 〈ロストメア〉に……仕込んでいたなッ……!! | ||
さすがに気づいた? そう。あなたたちが倒した〈ロストメア〉に、魔法の毒を呑ませておいたの。 | ||
”夢を見たくなる”という毒を──ね。 | ||
〈ロストメア〉を倒した者の心に”夢見る意志”を植えつける。精神干渉系の呪詛魔法……。 | ||
じゃ、ゼラードが〈ロストメア〉にやられたのは、この前の敵にとどめを刺していたから……!? | ||
〈メアレス〉という障害を封じるために……。他の夢さえ利用したのか! 貴様は!! | ||
正確には、”あなたを封じるために”よ。リフィル。 | ||
だから魔法しか通じない〈ロストメア〉を育てた。あの〈メアレス〉を片付けたのは、ただのついで。 | ||
ゼラードを襲ったのは……私に毒を盛るための、その行きがけの駄賃でしかなかったというのか! | ||
そうよ。同じ魔法の使い手であるあなたは、”私を叶える”のに、とても邪魔なのだもの。 | ||
それにね……私、あなたにも夢を見てほしかったのよ。 | ||
なんだと……? | ||
だって──”夢を見る”って、とてもすばらしいことなんですもの。 | ||
夢を抱いて生きるのは、人にとって当然のこと── | ||
夢見ることこそ人のサガ。生きていることの証。夢見ることなく生きるなんて、とてもとても悲しいこと。 | ||
素直に夢を願いなさい。私の毒を”2度も”受けては、もう〈夢〉を潰せないのだから。 | ||
だったら…… | ||
毒を受けたのが”1度”までなら──まだ、戦えるはずね! | ||
強い意志の光を瞳に宿し、リフィルが糸を繰る。併せて君も隣に並び、懐からカードを取り出した。 | ||
ふたりの魔道士。ふたつの魔法。放たれた魔力を、〈ロストメア〉もまた瞬時に組み上げた術で防ぐ。 | ||
魔法……!? バカな! どうして…… | ||
驚愕にさまよう瞳が、君の姿を映し出す。 | ||
何者だ──!? もはやこの世界のどこにだって、魔法を使える者などいるはずがないのに!! | ||
いるそうよ。よその世界にならね。 | ||
異世界からの来訪者だと……!? よもや──そうか、貴様、リフィルの代わりに夢を潰したか! | ||
そう。魔法以外通じない〈ロストメア〉をね。だから私が毒を受けたのも、1度だけ── | ||
そして──異界の魔法使いは、夢があろうとなかろうと、〈ロストメア〉と戦える! | ||
馬鹿な──そんな──でたらめな!! | ||
激しく動揺する〈ロストメア〉を前に、リフィルは苛烈に糸を構える。 | ||
行くぞ──ルリアゲハ、魔法使い! | ||
人の心を道具にする夢など──ここで砕くッ!! | ||
なぜだ、リフィル! 夢を持たぬおまえが、どうしてそうもあがく! 戦うッ! | ||
烈風荒ぶ門の上──鮮やかに魔法を放ちながら、リフィルは静かな口調で問いに答える。 | ||
夢を見ない者は、生きているとは言えない……そうじゃないかと、私も疑った。 | ||
でも……そうであるなら──この胸にたぎる炎の説明がつかない! | ||
炎だと!? | ||
おまえがゼラードにしたことを考えろ!! | ||
どうやら──夢を持たない人間であっても、怒りを覚えはするらしい!! | ||
電撃が走り、紫電が踊る。互いに魔法を撃ち合いながら、〈ロストメア〉が愕然たる叫びを上げる。 | ||
怒り!? そんな──家族でも恋人でも、仲間ですらない者を失った程度で!! | ||
確かに仲間ではなかった。でも──それでも──この都市に生きる、同じ〈メアレス〉だった!! | ||
その心を利用したおまえへの怒りがある! それに── | ||
”夢を以って生きるのが当然”なんて──そんな傲慢、反吐が出る!! | ||
なんだと!? | ||
夢があろうがなかろうが……! 怒りもすれば、泣きもする! | ||
それを無視して、夢見ることを押しつける──そんな夢など、唾棄して潰す!! | ||
貴様は──貴様は、夢のひとつも持たぬくせに、人の夢を折り砕くだけの牙か!! | ||
そうであって、悪いかッ!! | ||
くっ……! | ||
気魄とともに雷撃がほとばしる。〈ロストメア〉は後退し、防御の術を練り上げた。 | ||
ウーリット・メー・アールドル・イニミーキティアエ! | ||
〈ロストメア〉の放つ魔法陣がリフィルの雷撃を防いだ──瞬間、ふたつの影が宙に踊った! | ||
させないってんですよ!! | ||
横槍を叩き込ませてもらう! | ||
門を駆け上ってきたミリィとラギトが、少女の浮かべた魔法陣を猛然と砕き破る! | ||
おのれ──〈夢見ざる者〉どもがッ!! 血反吐を吐いて潰れろッ、凶夢ッ!! | ||
リフィルと〈人形〉が、共に素早く印を結んだ。 | ||
ムーギーテ・レオーニーネ! ディスペルガ・エト・プルウィアエ・ルトゥムクエッ! | ||
リフィルの眼前に形成された巨大な魔法陣から、膨大な量の雷の渦束が放たれ、夢を撃つ! | ||
ぬぁあぁああぁああああっ!! | ||
〈ロストメア〉は咄嗟に防御魔法を展開。すさまじい量の魔力を集積、雷を受け止めた。 | ||
なおも雷の渦束を放ち続ける少女の唇から、苛烈きわまる咆哮がほとばしる。 | ||
陥とせ──魔法使いッ!! | ||
その声に応え、君は走った。 | ||
共に戦った日々が培った、阿吽の呼吸。彼女が”この瞬間”を狙っていると、そう悟り、待っていたのだ。 | ||
門を蹴り、〈人形〉の肩を踏み台に跳躍──〈ロストメア〉の頭上で、カードを構える。 | ||
精霊の呼びかけに答え、〈叡智の扉〉を開放。解き放つ──異界の魔法を! | ||
なんだ……それは──!? 貴様──私の、私の知らない魔法を使うなぁっ!! | ||
知らないようなら、ご披露するにゃ! これが〈四聖賢〉直伝──クエス=アリアスの魔法にゃ! | ||
う、あ、ああぁぁああぁああああーーーーっ!! | ||
夜が訪れた。 | ||
あの騒乱が嘘のように、静かに寝静まる街──その一画の路地裏に、〈夢見ざる者〉たちが集っていた。 | ||
──そうか。魔法使いは、去ったかい。 気がついたら、消えていたわ。目が醒めた後の、夢みたいに。 | ||
ひょっとしたら、本当に夢だったのかもしれないわね。 | ||
え? 〈ロストメア〉だったってことですか? | ||
そういう〈見果てぬ夢〉じゃなくて。空想とか、幻想とか……そういう夢。 | ||
ここは、夢と現実の狭間にある都市だ。そういうものが現れても、おかしくはなかろうさ。 | ||
アフリト翁がいちばんそれっぽいんすけど。いつの間にかいたりいなかったりするし。 | ||
今回は、その神出鬼没の働きに助けられたな。 | ||
ゼラードには金を貸したままでな。死なれてしまってはわしが困るのさ。 | ||
あ、まだ返してなかったんだ……。 | ||
リフィルが、じっとアフリトを見つめた。 | ||
……ふたりの様子はどう? アフリト翁……。 | ||
ゼラードは一命を取り止めた。まだ意識は戻っておらぬが、いずれ目を覚ますだろう。 | ||
コピシュはゼラードについておる。剣しかない男が、甲斐甲斐しい娘を持ったものだ。 | ||
よかったぁ。一安心すね! | ||
いや……とも限らない。あれほどの深手だ。 | ||
医者も、”生きているのが不思議”を通り越して、”息があるのがおかしい”と言っていた。 | ||
果たして再び剣士として立てるかどうか……。 | ||
そうなると、コピシュの身の上が心配ね。 | ||
私が預かる。 | ||
え? | ||
仮にゼラードが再起できたとしても、しばらくは戦える身体じゃない。 | ||
その間、私がコピシュを預かる。 | ||
コピシュが〈メアレス〉として戦うことを望んだら、どうするね? | ||
ひとりで戦わせるわけにはいかない。いい、ルリアゲハ? | ||
ルリアゲハは、艶やかに片目をつむった。 | ||
あたしは賛成よ、リフィル。報奨金はあの子と折半にするわ。 | ||
それだけじゃ、フェアじゃないわね。魔力も半分はコピシュに渡す。 | ||
ほう。良いのかね、〈黄昏(サンセット)〉? | ||
コピシュと共に戦えば、それだけ〈ロストメア〉を倒しやすくもなる。損にはならないわ。 | ||
ほ──そうかそうか。 | ||
……何か言いたげね。 | ||
言葉には、秘めてこその価値というものもある。 | ||
秘めたまま、腐らせなければの話ね。 | ||
つぶやくように言って──リフィルは、星の瞬く夜空を見上げた。 | ||
空には、数多の星がきらめいている。 | ||
だが、そのすべてが、夢を抱いているわけではあるまい。 | ||
人も同じだ。夢を持たないことが、すなわちきらめきのないことを意味するわけではない── | ||
(夢がなくても、生きてはいける。怒りもすれば、泣きもする……) (そうは思える。でも、まだ、はっきりそうだとわかっているとは言えない) (知らなければならない……そんな気がする) (”生きる”というのが、どういうことなのか……) (私なりの……その、答えを……) | ||
コメント(0)
コメント
削除すると元に戻すことは出来ません。
よろしいですか?
今後表示しない