虚空に棲まう魔神竜
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ザハールから詳しく話を聞くべく、アデレードたちは彼のねぐらであるという洞窟へ移動した。 | ||
それで──いったいどういうことなんですか? ザハールさん……と、ミネバさん。 | ||
そうだな。我々の目的は、最終的には同じと見ているんだが── | ||
まずはアディちゃんの事情を教えてもらえるか? どんな知識が入り用なのかも合わせてな。 | ||
"ちゃん"をつけるな。 | ||
じろりとザハールを睨みつけ── | ||
たく……仕方ない。その代わり、後で私の質問に洗いざらい答えてもらうぞ。 | ||
アデレードは、暗い気持ちを振り切るように、己の"事情"を話し始めた。 | ||
私は、いつか竜と契約して竜人になるべく、さる武人のもとで修業に明け暮れていた……。 挑む相手は決まっていた。火竜ゾラスヴィルク。私にとっては、友のような存在だった。 いつか、彼の力にふさわしい戦士となって、契約を結ぶ──そう、約束していたんだ。 だが──数か月前。ヴシュトナーザと名乗る竜に襲われて、ゾラスヴィルクは倒れた。 ヴシュトナーザの狙いは竜力だった。奴は倒れたゾラスヴィルクの竜力を喰おうとしていた……。 私は戦いの音を聞いて駆けつけ、ヴシュトナーザに挑んだが……力及ばず返り討ちにされかけた。 そのとき──喰われかけていたゾラスヴィルクの竜力が、炎となって、その場にあふれた。 炎は、私を焼くことはなかった。それどころか、確かな力となって──そしてこの身に宿ったんだ。 | ||
竜に力を示し、契約を交わせば、竜力を授かるに伴い、竜人の証たる翼や尾をも得ることになる。 | ||
正式な契約の元に得られた竜力ではないから、君の肉体は竜人のそれではない、ということか。 | ||
火竜ゾラスヴィルク──彼は、死に瀕しながらも、友の命を守ろうとしたんですね……。 | ||
ゾラスヴィルクの炎が消えたとき、ヴシュトナーザの姿はすでになかった……。 | ||
以来──私は、奴の気配を追い続けている。友の仇を討ち、無念を晴らすために……。 | ||
じゃあ、あのときの竜がヴシュトナーザ……? | ||
の、幻影だ。奴は、そういう小賢しい技を使う。 | ||
忘れようにも忘れがたい、あの禍々しい竜力……その気配を頼りに、奴を探してはいるが―― | ||
これまで斬ったのは、すべて幻に過ぎなかった。だから、賢竜とやらの知恵を拝借に来たんだ。 | ||
拝借というか、もぎ取らんばかりの勢いだったが。では、次はこちらの事情を話そうか。 | ||
魔竜ヴシュトナーザ──実は、それは我ら一族が長いこと封印し続けてきた相手だ。 | ||
太古、魔の軍勢に与した竜の1体。肉体を持たぬ竜力のみの存在であり、虚実を自在に操るという。 | ||
虚実を操る……それで、幻だのなんだのと小癪な技を使うわけか。 | ||
在るようで無く、無いようで在る。そういう厄介な相手でな。だから祖先は封印という手を使った。 | ||
ですが、半年前──この世界を支える大地の竜力が大きく乱れるという事件がありました。 | ||
その影響で封印が解け、奴は自由の身になった。ま、封印なぞ、いつか解けるのが相場だからな。 | ||
私は知り合いからその話を聞いて、対応策を検討するため、ここを訪れていたんです。 | ||
……で、あるのか。対応策とやらは。 | ||
なくはない。が、駒が足りなかった。そんな折、”竜を狩る女戦士”の噂を聞いてな。 | ||
なんとなく、ぴんと来た。ヴシュトナーザに関係があるのではないかと。 | ||
なんとなく、って。 | ||
勘は大事だぞ。それに、軽く調べてみると、封印の解けた時期と一致していたしな。 | ||
もし、その戦士がヴシュトナーザの敵であるなら、協力も可能。そう踏んで逆に俺の噂を流した。 | ||
それで私は、まんまとおびき寄せられたわけか。 | ||
騙したわけじゃないんだ、そう睨まんでくれ。 | ||
それに、君には利のある話だ。俺には、ヴシュトナーザ打倒の策があるんだからな。 | ||
手負いの獣が餌を前にしてジッと考え込むような、重く苦い沈黙が、場に張り詰める。 | ||
しばしして──アデレードは、唸るような声で、その沈黙を破った。 | ||
……言え。策とやらを。 | ||
世界の中心に位置する霊山ロドム。 | ||
”対応策”を実行するためにはそこへ向かわねばならない、というザハールの言に従い、 | ||
一同は、霊山ロドムへの旅路を急いでいた。 | ||
だから、なんでついてくるんだ、イニュー。 | ||
だから、放っとけないんだってば。 | ||
危険なんだぞ。わかってるのか? | ||
小さい頃、言ったでしょ? わたしのご先祖さまは、癒しの力を持つ竜と契約したんだって。 | ||
危険だからこそ、竜鍼士がついて行かなきゃ! | ||
ありがとう、イニューさん。とても心強いです。 | ||
ぐっと手を握るイニュー。アデレードが嘆息する横で、ミネバがにっこりと微笑む。 | ||
ところで、おふたりは、昔からのお知り合いなんですか? | ||
はい! 7年くらい前かな? 旅をしてたアディちゃん一家が、うちの集落に来て……。 | ||
ちら、とイニューが視線を向ける。アデレードは困ったようにそっぽを向いた。 | ||
冬の間だけ、滞在させてもらったんだ。イニューとは、まあ……その時の遊び相手というか。 | ||
なるほど……だからアデレードさんは、イニューさんが危険な目に遭わないか心配なんですね。 | ||
でも、イニューさんも立派な竜人です。戦いにつきまとう危険は、覚悟の上でしょう。 | ||
もちろんです! 人助けに困難はつきもの。そのくらい、わかっててやってます。 | ||
酔狂な話だ。力こそすべてとされるこの世界で、人助けとは。 | ||
お互い、損な生き方してるよねー。 | ||
私を混ぜるな。 | ||
言い含めるようなアデレードを眺め、ザハールがうんうんとばかりにうなずく。 | ||
よいではないか。善行は善行となって返ってくるものだ。しておいて損はない。 | ||
アデレードとイニューは、思わず顔を見合わせ、そろって賢者にうろんな眼差しを向けた。 | ||
ザハールさん、なんか、うさんくさい……。 | ||
”損はない”とか言うからだな。 | ||
おかしい。いいことを言ったのに。 | ||
そのとき、にわかに騒がしい声が辺りに響いた。 | ||
てぇへんだ、てぇへんだ~! てーへんだ、てーへんだー! | ||
奇妙な掛け声とともに、霊山ロドムの方角から、ふたつの影が大慌てで近づいてくる。 | ||
アニマ! キヨナギマルさん! | ||
みねば! てーへんてーへん! ちょーてーへん! | ||
ザハールの兄貴! こいつはちぃとてぇへんだ! | ||
え、ご兄弟? | ||
義兄弟だ。して、キヨナギマル。何が大変なんだ? | ||
何もヘチマもへったくれもねえ! 山への道に、とんでもねえ数の黒い竜が出やがったんでい! | ||
ぜんぶ りゅーりょく! たべごろ うれごろちょーいっぱい! | ||
やめておきなさいね、アニマ。たぶん、食べたらおなか壊すから。 | ||
飛んできた少女を胸に抱き、ミネバが苦笑する。 | ||
ヴシュトナーザが手を打ってきたか。存外早いな。 | ||
どうする、アディちゃん? | ||
アデレードは軽く鼻を鳴らして、ずらりと剣を引き抜いた。 | ||
どれだけいようが知ったことか。すべて蹴散らし、進むまでだ!! | ||
魔竜の群れは、雲霞のごとく押し寄せた。 | ||
霊山ロドムに通じる正面の道だけでなく、一同の四方を囲むように現れ、迫ってきたのだ。 | ||
逃げ場はないか──上等だ! | ||
噛みついてくる竜の顔面を、横合いから楯で猛打。よろけたところへ渾身の剣を叩き込んで仕留める。 | ||
背後からの急襲を気配で察知。振り向きざまに炎の竜力を解放──大口にぶち込んで焼き尽くす。 | ||
(1体1体は脆弱だが、とにかく数が多いな……。囲まれれば、あっという間にやられる!) | ||
ちらと目を馳せると、イニューが3体の魔竜に囲まれているのが見えた。 | ||
たくもう、あいつは! | ||
突撃。勢いの乗った刃で1体の首を落とし、返す刀で2体目の心臓を貫く。 | ||
3体目の振るう鉤爪を楯で弾きながら、背後にかばったイニューへ叫びをよこす。 | ||
言わんこっちゃない!! | ||
聞いてないよ!? | ||
心で言った! | ||
わっかんない!! | ||
闇色の吐息が来るのを、左右に散って回避。直後、イニューが身をひねりながら鍼を投じた。 | ||
首筋に鍼を打たれた竜の動きが、びくりと止まる。その頭蓋を、アデレードの刃が見事に断ち割った。 | ||
投げるもんじゃないだろ、それ! | ||
ツボに刺さればなんでもいいの!! | ||
私にやったら絶交だからな!! | ||
叫びあっていると、術を練りながら後退してきたミネバが、勇ましい笑みを向けてきた。 | ||
いい連携ですね、おふたりとも。 | ||
こんなその場しのぎが連携なものか! それよりあの小さいのはいいのか!? | ||
見れば、アニマが数体の竜に追われている。 | ||
わ わ わ わ……! | ||
が、ミネバは動じる様子もない。 | ||
あの子でしたら、だいじょうぶです。 | ||
だけど、今にも取り囲まれて── | ||
ん もぉーーーーっ!! | ||
アニマの全身から朝焼けのような光が放たれ──次の瞬間、めくるめく炎の花が咲いた。 その花のなかから生まれるように、アニマの姿が、輝きながら変化していく……。 | ||
ちょーしのっちゃってさ! まとめてふっとべー! | ||
弾けた光が、竜たちの動きを一挙に止めた。そこへ、アニマが次々に爆炎を叩き込んでいく。 | ||
……確かに、ぜんぜんだいじょうぶですね……。というか、あれ、アニマちゃんなんですか……? | ||
あれも竜力の塊らしい。だから、自在に姿を変化できるんだとかなんとかだ。 | ||
ザハールとキヨナギマルも、追いすがる竜たちを退けながら集まってくる。 | ||
前に出ようとするアデレードの肩に何かが触れた。 | ||
振り向くと、ミネバの真剣な眼差しにぶつかった。 | ||
呼吸を合わせて。 なんだと? 互いの呼吸(いき)を揃えねば、数を揃えても無意味です。武人なら、味方の呼吸(いき)も読めるでしょう? ……言ってくれる! | ||
同じ呼吸で前に出る。炎と雷が同時に炸裂。竜の群れを引き裂いて、猛威の花道を築き上げる。 | ||
その道を、ふたりは猛然と駆け抜けていく── | ||
──最後の1体を仕留めたところで、アデレードとミネバは、同時にひとつ吐息した。 | ||
呼吸を合わせろ、か。力を尊ぶ竜人の言葉とは思えん。 | ||
強いだけでは獣と同じ。真の強者は気高い誇りを抱いていなければならない。我が一族の家訓です。 | ||
凛然と告げてから──不意にミネバは、ふっ、とやわらかく頬をゆるめた。 | ||
それに、私は、ある人に教えてもらいましたから。力を合わせて戦うことの、その尊さを……。 | ||
うんうん、まさにそのとおりだね、アディちゃん! | ||
アデレードは何も言わず、小さく鼻を鳴らした。 | ||
(……数の利を活かすに最適な、開けた地形……敵は、こちらの動きを完全に察知している) (面倒なからくりがあるのかもしれんな……) | ||
ざはーる はるはる どうかしたー? | ||
ふよふよと飛んでくるアニマを見て。 | ||
ザハールは、ぽん、とひとつ手を打った。 | ||
アニマ。ちょっと聞きたいことがあるので、飴をあげよう。 | ||
たべる べるべる! | ||
あの。ちょっと。賢竜の人。 | ||
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