心に竜炎、燃える時
(1コメント)タグ一覧
>最終更新日時:
魔竜の群れを退けて、一同は霊山ロドムに到着。一路、その山頂を目指した。 | ||
厳かな気に包まれた峻険な山の頂──そこでは、落ち着いた物腰の竜人の女性が待っていた。 | ||
イェルノーさん。大地の竜力の様子はどうですか? 上々さ。"二代目"が頑張ってるからね。飛び込むにはうってつけの日和ってとこかな。 | ||
彼女の言葉に、アデレードが眉をひそめる。 | ||
……"飛び込む"? | ||
あれ。あんたたち、そのために来たんだろ? 魂を大地の竜脈に飛び込ませる、っていう── | ||
……ザハールさん? | ||
言わなかったが、そのとおりだ。問題ない。 | ||
いや、問題ですよ! 教えといてくださいよ! いったい何をする気なんです!? | ||
竜や竜人の力の源である竜力は、同時に大地を支える力でもある。その流れを竜脈と呼ぶ。 | ||
そこに飛び込み、ヴシュトナーザを討つ。そういう作戦だ。さ、準備はいいか? | ||
よくない!! | ||
ヴシュトナーザはその竜脈とやらのなかにいる、ということなのか? だから飛び込むのか? | ||
そうだ。奴は肉体を持たぬ竜力の化身。ゆえに、竜脈に乗れば、世界のどこにでも出現しうる。 | ||
だからこちらも我が秘術で竜力に魂を乗せ、竜脈に飛び込んで奴を探し、追いつめて、倒す。 | ||
広大な竜脈から奴を探しだせるかどうかが問題だったが、アディなら奴の気配を探り当てられる。 | ||
これが例の"対応策"だが。言わなかったか? | ||
言ってない!! | ||
そうか。ま、どうせ今聞いたのだから同じだな。準備はいいか? | ||
いきなり言われていいわけあるか! 竜力に魂を乗せるなど……おい、本当にできるんだろうな? | ||
無論だ。施術対象が3人に限定されるのと、残された肉体が無防備になるくらいしか問題はない。 | ||
イニュー。人を真人間に変えるツボとかないのか。 | ||
あったらとっくに打ってます。 | ||
真人間に打っても無駄と思うがな。それで、選抜はどうする。俺とアディの他、あと1人は。 | ||
なら、ミネバが── | ||
ここは、イニューさんがいいでしょう。私は、みなさんの身体を守る役目に徹します。 | ||
馬鹿を言え。危険すぎる。 | ||
そうでもないですよ。竜鍼士であるイニューさんの方が、この場合は適役だと思います。 | ||
……そうなのか? | ||
うん。竜力の流れを読み、打つべき鍼を打つべき場所に打ててこそ、一人前の竜鍼士だから。 | ||
さすがに竜脈に入ったことはないけど、たぶん、竜鍼術のノウハウが応用できると思う。 | ||
おそらく敵はまた分身を放ってくるでしょう。私、多勢を相手にする方が得意なので。適材適所です。 | ||
アデレードは、あきらめたように吐息した。 | ||
……わかった。ザハール、準備をしてくれ。 | ||
秘術で魂を飛ばしたアデレードたちの肉体を、キヨナガマルが小屋に運び入れていく。 | ||
その光景を背後に、ミネバは空を見上げた。 | ||
……来ましたね。 | ||
重なり響く不気味な咆哮──魔竜たちが翼をはばたかせ、山頂めがけて飛来してくる。 | ||
ちょ、早すぎない? いちおう結界だって張ってあるってのに── | ||
あわてるイェルノーの横で、アニマが、こくんと首をかしげた。 | ||
そういうのねー、なんか、きかないっぽいよー。 | ||
力ずくで退けるしかない、ということね。 | ||
全身に戦意をみなぎらせながら、ミネバは笑う。 | ||
下がってもいいんですよ、イェルノーさん。実戦は久々でしょう? | ||
冗談。あんたと黒猫の魔法使いのタッグを相手取って戦ったのは、どこの誰だと思ってるんだい? | ||
互いに笑みを交わし合い、迫る敵へと視線を戻す。 | ||
それでは── 一丁── | ||
おおあばれぇーっ!! | ||
アデレードたちは、己の竜力に魂を付与し、大地に流れる竜脈のなかへと飛び込んだ。 | ||
そこは、光の河だった。 | ||
神々しく輝ける竜力の奔流が集い合い、ひとつの巨大な河となって、すべてを埋め尽くしている。 | ||
その河の只中に、アデレードたちはいた。 | ||
これが、竜脈……。 | ||
全身に響く力の鼓動。世界を支える光の流れ──気を抜けば、そのまま押し流されてしまいそうだ。 | ||
あの、ザハールさん。なんか……身体、あるようにしか思えないんですけど……? | ||
心が無意識に、肉体の感覚を再現しているんだ。その方が自己の存在を認識しやすいからな。 | ||
本来、人の心は肉体と密接に関連しているからな。魂だけ剥がすと、最悪、自分を見失いかねない。 | ||
そうした自己認識の喪失を防ぐため、我々の精神が疑似的に肉体の感覚を形成しているのさ。 | ||
その危険性、先に言っておいてくださいよ!! | ||
言おうが言うまいが、どうせ来るだろ。 | ||
来ますけど! 心の準備させて!! | ||
イニューたちの言い合いを無視し、アデレードは宿敵の気配を探るべく、意識を凝らした。 | ||
竜脈は世界全体を巡っている。ヴシュトナーザがそれを利用しているなら、気配をつかめるはずだ。 | ||
だが── | ||
……だめだ。何も感じられない……。 | ||
うーん……危険かもしれないけど、流れに沿って、ちょっと移動してみた方がいいかな? | ||
イニューの隣で、ザハールが首を横に振った。 | ||
──いや。気配がないのではない。 | ||
すでにそこにいる。そういうことだろう──魔竜ヴシュトナーザよ。 | ||
気がついていたか── | ||
声が、響いた。 | ||
この世のすべてを嘲笑うような、暗い喜びに淀んでねじくれきったような声が。 | ||
直後──アデレードが急激に身体を折り曲げ、すさまじい苦悶に身を震わせた……! | ||
……う! う、ぐ、ぁぁあぁあぁぁあああああっ! | ||
アディちゃん! | ||
ぞろり、と。 | ||
丸められたアデレードの背中から、何かが生える。 | ||
禍々しく歪んだ、闇色の竜。 | ||
それが、サナギの脱皮するように、アデレードの魂から抜け出たのだ。 | ||
久しい──と言うべきではないな、アデレード。 | ||
竜は完全にアデレードの魂から離れると、くぐもった声で笑い、翼を広げた。 | ||
我は、常に汝の魂と共にあったのだから── | ||
アデレードは、身を裂かれるような苦痛に震えながら、悠然と笑う魔竜を睨みつける。 | ||
ヴシュトナーザ……! 貴様── | ||
なんで……アディちゃんから……! | ||
同じ竜力の化身であるアニマが感じ取っていた。あの竜の群れと同じ気配を、アディの中からな。 | ||
ヴシュトナーザ。おまえは──ずっと、彼女の心に寄生していたのか。 | ||
──然り。 | ||
我は朧なる虚像──虚空に映る幻想。存在するという当然の理さ得られぬ、儚き竜よ……。 | ||
ゆえに──アデレード。我を想う汝のその魂こそ、我が棲み処たるに相応であった。 | ||
棲み処だと……。 | ||
汝は常に我を想った! 我を追い、我を探し──焦がれるほどに、我を求めた! | ||
その想いこそ、我が寄る辺。"在り続ける"ことすら容易ならざる我を、世界に留め置くかなめ! | ||
我を求める汝の想いが、我を世界に焼きつける。我が存在を強固に確立させるのだ! | ||
肉体を持たぬ竜──"いる"と他者に認識されることこそが、おまえの存在の根幹か! | ||
火竜ゾラスヴィルクを襲ったのも、その竜力それ自体が目的ではなく……。 | ||
アディちゃんに自分を憎ませて……忘れられなくさせるためだけに、やったっていうんですか!? | ||
然様。ゆえに、我を追い続けてもらわなければなかった。我がまいた"餌"をな── | ||
仇を追うことが、仇の益に結びつく。その滑稽さは、見ていて飽きるものではなかったが── | ||
我を封じた者の子孫が関わるとあらば、さすがにちと面倒。ここで潰しておかねばならぬ。 | ||
ついでに──竜鍼士の娘を潰し、我に対する汝の想いをより強めておくも、また一興……。 | ||
なんて奴……自分のためだけに、アディちゃんの心をどこまでも利用するなんて! | ||
存在のためだ。汝らが獣の肉を喰らうのと同じよ。非難のいわれはいずこにもあるまい。 | ||
ぐつぐつと、魔竜は笑う。言葉とは裏腹に、一片の曇りとてない、まったき邪悪の哄笑だった。 | ||
真実を明かしたは、礼と思え。我が存在を、ここまで育ててくれたことへのな!! | ||
闇色の翼が広がる。一面の光のなかに。ただ一点の穢れを以って、すべてを穢そうとするように。 | ||
そのおぞましさに、途方もない嫌悪と怒りを抱きながら──アデレードは刃を構えた。 | ||
ならば……今、ここで! 貴様の存在を狩るまでだ! | ||
竜力と竜力。肉体のくびきを離れ、純粋な力と魂だけとなった者たちの激突が、続いている。 | ||
いい加減に、消えろっ! ヴシュトナーザ! | ||
それしきでは消せぬとも。それだけ汝が我を想い、我が存在を強固なものとしてくれたゆえにな! | ||
汝には、これからも我を想うてもらわねばならぬ。さあ──我への憎しみを、より強く刻むとしよう! | ||
ヴシュトナーザが、闇色の吐息を放った。 | ||
避けられない。直撃。魂が闇の帳に包み込まれる──巨人に握り潰されるような激圧が襲う。 | ||
う、あ、あ、あ、あぁぁああっ……! | ||
魂そのものを砕かれる苦痛に、アデレードの意識が揺らぎ、遠のいていく── | ||
(──アデレード──) 闇のなか。自分の名前を呼ぶ声が、魂を叩く。 (すまなかった──アデレード……汝との約定を果たすことかなわず──) 響く。か細く。残り香のように儚い声が。 ゾラスヴィルクの竜力──その奥底で響く声── 肉体のくびきを失い、魂だけの存在となって竜力に触れ、初めて聞こえた、その声は。 | ||
(彼の……、ゾラスヴィルクの、最期の思い……) | ||
声は言う。 (だが、アデレード……たとえ契約はかなわなくとも、汝が嘆くことはない……) (そんなものがなくとも──汝の内には、確かな炎が息づいているのだから……) | ||
(私の──炎……) | ||
[イニュー] アディちゃん、竜人になりたいの? そっか……つよかったら、引っこしもしなくていいもんね! でもね、アディちゃん。竜ってつよいんだって。がんばってたたかっても、きっとけがしちゃう! だから、竜とたたかうときは、わたしをよんでね! ぜったい、ばっちり治してあげるから! | ||
[兄弟子] いたずらに強さを求めてはならぬよ、アデレード。 ご両親が、命を賭してそなたを賊から守り抜いたのは、なんのためか──それを忘れてはならぬ。 | ||
声は言う。 (心の種火だ。消えることなく継がれる炎だ……。汝のために燃えた心は、汝を照らす光となる) 声は願う。 (忘れるな。汝の心、汝の炎は、汝を想う者たちの清く燃え立つ光に導かれたものなのだと) | ||
(ゾラスヴィルク……) | ||
(我の炎も持ってゆけ。汝が持つべき灯火として。──汝の真に願える道を進むために!) | ||
ゾラスヴィルクっ……!! | ||
闇が、はじけた。夜明けのように。 | ||
アデレードの魂そのものから噴き上がった炎が、その鮮烈なる輝きで、闇の吐息を散り裂いていた。 | ||
自らを包む熱火のなかで──アデレードは、今、確然として悟っていた。 | ||
その火が、なんのための火であるのかを。 | ||
これは……ゾラスヴィルクがくれた力だ。私の心を信じ──託してくれた、確かな炎だ! | ||
その炎に恥じる戦いを──やってたまるかぁっ! | ||
吼えたところで── | ||
──やぁぁあああぁああああッ!! | ||
闇色竜のかすかな揺らぎ──その一点を、微塵の迷いとてない鍼の一閃が捉え、貫き、縫い止めた。 | ||
な──なんだこれは!? 我が影を縛る……!? 虚実の彼方にある我を影ごと縛るだと!? | ||
あなたが竜力の塊っていうなら! 普通の竜より、むしろツボが見えやすいくらいなんだからっ! | ||
いいぞ、イニュー。見込んだ甲斐を果たしてくれた! | ||
にやりと笑い、ザハールがすばやく術を練る。 | ||
汝、敬神の是のなくば、命の熱きを失いて、吹雪く闇路に虚ろうべし! | ||
凍てつく竜力が、魔神竜に雪崩れかかった。鍼に封じられた竜力が、さらに氷に閉ざされていく。 | ||
封印の術は懐かしかろう、ヴシュトナーザ。だが、いい加減こちらも貴様を見守るのは飽き飽きでな! | ||
そろそろ、すべてを終わらせようか! | ||
動けぬヴシュトナーザの前に、アデレードが立つ。 | ||
朝焼けめいた紅蓮の炎に、その瞳をきらめかせて。 | ||
なぜだ……!? これしきの術が破れぬなど──我が力が、弱まっているのか!? なぜ! | ||
おまえのことがどうでもよくなったからだ──、ヴシュトナーザ。 | ||
なんだと!? | ||
私の想いがおまえの存在を強くしているなら──私が興味を失えば、おまえは弱まる道理だろう。 | ||
我は、汝が友たる竜の仇ぞ! 汝にとって、忘れたくとも忘れることの叶わぬ宿敵── | ||
私が託された炎は、おまえを倒すためだけにあるんじゃない。もっと大切なもののためにある……! | ||
だから──これ以上! おまえごときにかかずらわっていられるかぁっ!! | ||
アデレードぉぉッ!! | ||
消え去れ──虚像! | ||
竜の炎が、牙をむく。 おまえなど──歩いて3歩で忘れてくれるッ!! | ||
静かな風が、吹き抜ける。 | ||
怒号飛び交う戦場から一転──空虚とさえ感じるほどの静寂が、山頂を満たしていた。 | ||
竜の群れが、消えた……。 | ||
いぇいっ! らっくしょー! | ||
私たちが勝ったわけじゃないでしょ、アニマ。 | ||
勝ったのは── | ||
少女の髪をなでながら、ミネバは静かに、背後へ──山頂の小屋から現れる影へと目をやった。 | ||
ね、ザハールさん。ひょっとして、アディちゃんだけじゃなく、わたしのこともおびき寄せました? | ||
ザノガラッゾさんがわたしに治療を依頼して、その上ザハールさんを紹介したのって、まさか── | ||
ああ、俺の打った手かもな。 | ||
"かも"ってなんです! "かも"って! | ||
打った手は忘れることにしている。その方が、人生いろいろ楽しめるだろう? | ||
それで楽しめるのはおまえだけだろ。 | ||
おかえりなさい、みなさん。 | ||
軽口を叩き合いながら歩いてくる三人を、ミネバは微笑みで迎えた。 | ||
ヴシュトナーザを倒せたんですね……。本当に、お疲れさま── | ||
喰うものはないか。 | ||
はい? | ||
きょとんとなるミネバへ、アデレードはぞんざいに手を振りながら言った。 | ||
くたくただ。腹が減った。とにかく何かを喰ってとっとと寝たい。今はそれしか考えられん。 | ||
……あら。 | ||
あたしもたべるー! おなかすきすき! われはにくをしょもーであるぞー! | ||
では、我が一族秘伝のたれをご披露しよう。頬が削げ落ち、舌もしびれると評判の逸品だ。 | ||
ザハールさんちの秘伝、たいがいろくでもない! | ||
束の間の静寂は、もはや影も形もない。 | ||
やかましく騒ぐ仲間たちの様子を見つめながら、アデレードは、小さな苦笑を頬に刻んだ。 | ||
たく、もう……なんでもいいから早くしてくれ。 | ||
虚空に棲まう魔神竜 << |
コメント(1)
コメント
-
「魔轟三鉄傑!」以降、ウィズセレストーリーが力入ってるように思えますね。
雰囲気を少しでも再現しようと思うと、編集にも力が入ります。
ちょっと見づらくなってないかどうかが不安ですが、雰囲気は出せたのかなと。0
削除すると元に戻すことは出来ません。
よろしいですか?
今後表示しない