とても遠い同じ場所
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チョコレートを渡すかどうか迷っているうちに、
少し遅い時間になってしまった、と思いながら、
ニコラは足早に階段を上っていた。
階段を登り切って、角を曲がれば、すぐそこに生徒会室がある。
手にしたチョコレートを大事に抱え、いつものように生徒会室の扉をそっと開き、
挨拶を口にしようとした時。
──部屋の中にいたイツキの表情が目に入り、
彼女の言葉と足はピタリと止まってしまった。
(……どうしたんだろう)
そう思うと同時に、ニコラはチョコレートの箱を後ろ手に隠してしまう。
なぜそうしたのかは、彼女自身にもわからない。
ただ、ニコラにはイツキが今にも泣き出しそうな表情をしているように見えて、
チョコを手に浮かれている自分が、なんとなく場違いな気がしてしまったのだ。
(あんな顔、初めて見る……)
そして、そんな顔をする彼に対し、何か自分ができることがあるなら
──と思い、彼女は勇気を出してイツキに声をかけた。
「イツキくん、あの……」
「……あ、ああ、ニコラか。どうした? 今日はもう帰ったと思ってたよ」
イツキは、ニコラを見て一瞬でいつもの笑顔に変わる。
だが、その声にはどこか元気がない。
無理をしているのは明白で、ニコラは少しだけ胸が苦しくなった。
「なんていうか──イツキくんの顔でも見てから帰ろっかなって」
「ははっ、なんだよそれ。俺の顔なんて見ても面白く無いだろ?」
「そうでもないよ? 今日はねぇ、なんだか悩みがあるように見えるなぁ~。
私でよければ、相談乗るよ?」
おどけながらそう言うニコラだが、内心は不安でいっぱいだった。
イツキにあんな表情をさせる『何か』を、彼はいつもの笑顔で隠そうとしている。
それを根掘り葉掘り聞くことで、嫌われたりしないだろうか。
そんな不安でいっぱいだった。
(……どうしよう、変なこと言わないほうがよかったかな……?)
心臓が飛び出そうにドキドキと高鳴っているのが自分でもわかる。
だが、イツキは一度ふっと笑うと、困ったような笑みを浮かべた。
「いや、特に悩んでないよ。大丈夫大丈夫」
「……そっかぁ、アハハ。それならいいんだけど」
言いながら、少し胸がキュッと痛む。
心配くらいさせてくれてもいいのにな、と思うけれど、
それを口に出すのもちょっとおせっかいかもしれない。
後ろ手に隠したチョコレートを思い出して、
ニコラはそれをそっと彼の前に差し出す。
「ね、これ受け取ってくれない?
こないだバタバタして渡せなかったし」
チョコレートには、彼女が選んだ青いリボンが巻かれている。
イツキのために、イツキだけのために選んだ、彼の魔法と同じ青い色。
「……ありがとう、嬉しいよ」
でも、彼が浮かべるのは、いつもと同じ、優しい笑顔。
ニコラの心は、張り裂けそうに切なくなった。
「……ねえ、美味しかったかどうか、感想きかせてね」
「ああ、もちろん!」
「アハハ、ありがと! じゃあ、私帰るね」
「おう、気をつけてな」
ニコラは笑顔で返事をして、踵を返す。
少しだけ唇を噛んで、なるべくゆっくり出口に向かい、扉を開けると……。
「あ……」
そこに立っていたのは、アーシアだった。
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