玉響tearless
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コピシュッ!! | ||
魔力のうねりを察知し、路地裏に飛び込んだリフィルは、ハッと目を見開いて立ち尽くした。 | ||
…………。 | ||
吐息も荒く、コピシュが膝をついている。背中の剣はことごとく抜かれきり、地面に散乱していた。 そして──少女の前で絶大な魔力をたたえているのは、誰あろう、アフリトその人であった。 | ||
アフリト翁……!? これはなんの戯言だ! | ||
ただの儀式さ、〈黄昏(サンセット)〉。彼女の夢を喰らうだけのな……。 | ||
しかし存外に抵抗をする。〈ロストメア〉と戦えなければ、どのみち果たせぬ夢なのだがね。 | ||
…………。 | ||
両手に剣を携えたまま、コピシュはアフリトを見上げる。双眸に、赫々たる闘志が燃えていた。 | ||
リフィルはアフリトの前に立ちふさがり、即座に人形を召喚して身構える。 | ||
(人の身では御しえるはずのないほどの魔力……。夢を喰らうという力……この男、何者だ!?) | ||
(いいや──何者であれ、コピシュの夢を奪おうとするなら……!) | ||
出し惜しみなし、初手から最大の魔法を繰り出すべく、輝ける糸を引いたところで── | ||
その脇を、小さな疾風が駆け抜けた。 | ||
コピシュ……ッ!? | ||
…………ッ。 | ||
決然たる前進に、アフリトが微笑む。 | ||
ようやく、夢を捨てる気になったかね。 | ||
煙が竜のごとくうねり、四方から少女を狙った。実体なき牙が喰らうは、心に秘めたる夢なのか。 | ||
少女は構わず、前へゆく。 | ||
──はあッ!! | ||
星めく剣華が閃いた。 | ||
瞬時、四方に咲いた剣光の華。喰らいつく4頭の煙竜のことごとくが、ただ一息にて両断されていた。 | ||
なんと!? | ||
(四境夜降……! 隙なく連なる剣撃で四方の敵を玉響に断つ、ゼラードの剣技……!) | ||
ただ速いのではない。流れるような重心の制御、技巧の極みがあって初めて可能となる絶技。 | ||
(足りない腕力を魔力で補って……あまつさえ、剣にも魔力を刷いて煙を断った!) | ||
だが、技や力で〈ロストメア〉と戦えるものか! | ||
アフリトが路地裏を埋め尽くすほどの竜を放った。避けようも切り抜けようもない牙が少女を襲う。 | ||
コピシュは真っ向からそのあぎとに飛び込み── | ||
そのまま、抜けた。 | ||
──!? 夢を喰らえぬだと……!? よもや──まさかッ! | ||
無念無想! おまえさん──これは──夢をも忘れる無我の刃かッ! | ||
ぁぁああぁああああああッ! | ||
銀の剣弧が、空を断つ。 | ||
訪れたのは、風すら息を呑むような静寂。 | ||
双の刃を男の喉元に突きつけた状態で、コピシュは動きを止めていた。 | ||
…………。 | ||
磨き抜かれた秋水の刃のごとく、一片の淀みとてなく澄み切った眼差しが、ひたと男に突き刺さる。 | ||
瞳と剣と──いずれ劣らぬ氷の刃を前にして、アフリトは、あきれたような笑みを浮かべた。 | ||
己をただ刃となさしめて斬る”剣の境地”── | ||
戦場において夢すら忘れて剣に浸るか。確かに、これなら〈ロストメア〉の叫びも意味がない。 | ||
夢を喰ろうて〈メアレス〉に戻そうなど……どうやら、いらぬ世話をやきかけたようだ。 | ||
アフリト翁──あなたは……。 | ||
切っ先を前に、アフリトは笑う。 | ||
無論、人ではない。わしなるものは、ある存在の影に過ぎぬ。 | ||
かつて──妖精たちの住む世界で、ある妖精が、すべての夢を喰らうべく、魔道に墜ちた……。 | ||
願い果たせず、他の妖精や──異界より現れた黒猫の魔法使いに破れ、散ってしまったがな。 | ||
あの魔法使い、そんなところにも──? | ||
だが妖精は消えなんだ。力を求めて異界を渡り、夢と現実の狭間なる都市に辿り着いた。 | ||
〈見果てぬ夢〉……〈ロストメア〉が現れるこの都市は、格好のえさ場だった、ってことですか? | ||
然様。とはいえ力を癒すのに力を使っては、効率が悪い。 | ||
ゆえに、その妖精──〈全ての夢を喰らう者〉フムト・アラトは、わしという分身を生んだのだ。 | ||
〈メアレス〉を集め、導く者としてな。 | ||
〈メアレス〉に〈ロストメア〉を倒させて……。そのおこぼれに預かろうということ? | ||
平たく言えば、そうなる。ま、共生と言えば共生よな── | ||
アフリトがそう言ったところで、コピシュの膝が、がくりと崩れた。 | ||
コピシュ! | ||
リフィルはあわてて駆け寄り、荒い息を吐く少女の身体を抱き起こす。 | ||
幼き身に魔力を重ね、無理やり剣の境地に達したのだ。消耗も激しかろう。 | ||
苦笑し、アフリトはきびすを返した。 | ||
その背に、リフィルは声を投げる。 | ||
アフリト翁……あなた、どうしてコピシュの夢を喰らおうとしたの? | ||
〈メアレス〉の数を減らしたくなかったから? それとも── | ||
それに……致命傷を受けたはずのゼラードが生きながらえたのも、ひょっとしてあなたが── | ||
言うたはずだぞ、〈黄昏(サンセット)〉。 | ||
首だけを振り向かせ、男は笑った。 | ||
言葉には、秘めてこその価値もある……とな。 | ||
その身体は、煙となって薄れ──すぐに、どこへともなく消えてしまった。 | ||
まさか、煙そのものとは……神出鬼没も道理か。 | ||
首を振り、リフィルは視線を落とした。 | ||
コピシュが、うっすらと目を開けて見上げている。 | ||
……コピシュ。 わたし……戦います。 | ||
激しい消耗に震える声で、少女は言った。 | ||
いっしょに……戦わせてください……。わたし……まだ、強くならなきゃ……。 | ||
リフィルは、しばし沈黙し── | ||
やがて、小さく嘆息した。 | ||
アフリト翁の言っていたとおり、〈剣庫(アーセナル)〉に代わる名前が必要ね。 | ||
軽く指を動かすと、応じて人形が滑り寄り、ひょいとコピシュの身体を抱き上げた。 | ||
とにかく、まずは病院よ。父親の隣のベッドに放り込んでやるから、覚悟しなさい。 | ||
あ、でも、剣が……。 | ||
コピシュの背負っていた剣はすべて、路地裏に散らばってしまっている。 | ||
私が拾っておくわ。 | ||
え? でも、じゃあどうやって、わたしを── | ||
リフィルは、極めて複雑に糸を繰った。 | ||
すると、骨の人形が力強く跳躍──コピシュの悲鳴を響かせながら、屋根を疾走し始める。 | ||
病院の位置は”仕込んで”ある。リフィルが傍にいなくても、自動的に辿り着けるはずだ。 | ||
さて……。 | ||
剣の転がる路地裏を見下ろして── | ||
リフィルは、む、と眉をひそめた。 | ||
軽く請け負ってしまったけど……。 | ||
けっこう骨よね……この作業……。 | ||
──その後。 | ||
少女を抱きかかえた骨の骸の出現に、病院は大混乱に陥ったのだが。 | ||
リフィルの知ったことではなかった。 | ||
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