狼人
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鋼鉄の剣と魔法が支配するその異界では、長く戦乱が打ち続いていた。
それゆえ、武人の家に生まれたツキカゲは、
幼い頃から戦いの技を徹底的に叩き込まれてきた。
成長した彼は数々の武功をほしいままにし、剛勇不敵の士として名を馳せた。
しかし、そんな日々を送るうちに、やがて疑問が浮かぶようになった。
「斬れども斬れども、戦は終わらぬ。才ある命が失われ、世は混沌に満ちていく。
俺は、人の世を閉ざす手伝いをしているのではないか……?」
迷いながらも、戦場に出た。
戦う以外に、できることはなかった。
やがて、森のなかでの合戦で、ツキカゲはある武者と剣を交えた。
剣技精妙のつわものであった。目まぐるしく位置取りを変えながら、
ツキカゲは己の魔力を昂ぶらせ、互角に切り結んだ。
不意に、足元が崩れた。いつの間にか2人は崖際に踏み出しており、
ぶつかり合う魔力が崖崩れを誘発したのだった。
ツキカゲは崩れ落ちる土砂に巻き込まれ、意識を失った……
気がつくと、布団の上に横たわっていた。
「ここは……?」
「旅館です」
即座に返答があり、ツキカゲはぎょっとして身を起こした。
着物姿の女性が、すぐ横に気配もなく座していた。
「気を失っていらっしゃったので、お運びいたしました」
自分は旅館の女将だと、彼女は言った。
「お疲れでしょう。露天風呂がございますので、よろしければお入りください」
女将の泰然たる態度に戸惑いながら、ツキカゲはそうさせてもらうことにした。
白い湯気の立つ夜の露天風呂に向かうと、すでに先客がいた。
「……!」
ツキカゲの身に緊張が走った。
その先客は、あの武者だったのだ。
「そう身を硬くなさるな」武者は、ゆったりと言った。
「こんなところで斬り合いもあるまい」
「……そうだな。失敬した」
2人は、互いに無言のまま、しばし湯を楽しんだ。
ほうほうと、ふくろうの鳴く声が静やかに響く。
やがて、武者が口を開いた。
「──そなた、今の戦をどう思う」
「……正直、虚しくはある。終わることなどないのではと」
「そうよなあ」武者は、天を見上げた。
「まったく同感だ。しかし、俺は戦う以外に生きるすべを知らぬ。
疑問を持とうとも、結局、人を斬ることしかできぬ」
「俺も……そうだ」
「誰もが、そうなのかもしれぬ。であれば、戦が終わらぬも道理か……」
武者は嘆息した。しかし、湯気は揺れなかった。
「誰も他のすべを知らぬ。いや……『知らぬ』ですませている。
だが、ならば探すべきだったのだろうな。他のすべを……違う道を……」
「おぬし──」
武者の言葉に、思わず振り向いて──
ツキカゲは言葉を失った。
そこに彼はいなかった。
傷ついた1振りの刀だけが、静かに湯に浸かっていた。
(知らぬのなら……探すべき……)
ツキカゲは、武者の言葉を思い返しながら、旅館の廊下を歩く。
(そうできればいいが……しかし、俺にできることなど……)
すると、女将が目の前に現れた。
「お客さん。お代ですけれど──」
「ああ──すまぬが、路銀をなくしてな……」
「でしたら、ここで働いていただけませんか?」にっこりと微笑む女将。
「実は近々、団体さんがお泊まりになる予定で。男手が足りないのです」
一瞬の沈黙。
「……おぬし、よもやすべて見透かしておるのか?」
「なんのことでしょう」
しれっとした返答に、ツキカゲは苦笑した。
「まあ──よいか。せっかくだ。まずは、旅館の仕事とやらを体験させてもらうとしよう」
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