浴衣副会長
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「ふむ……」
──クロム・マグナ学園、生徒会室。
生徒会のメンバーがそれぞれの仕事にはげんでいるなか、
イツキは、紙製の資料を長机に置き、その表紙の完成度をチェックしていた。
表紙には、こう書かれている。
『クロム・マグナ魔道学園 臨海学校のしおり』と──
「あ、イツキ君」
会計を務める少女・ニコラが、席を立って近づいてくる。
「しおり、できたんだ?」
「ああ、無難にまとめられた……と思う」
こういった作業は、書記の2人に任せてもいいのだが……
『海の動物とふれあう際の注意事項』が延々と記載されたり、
常人には理解不能な天才ご用達の資料になったりする危険性があったため、
結局イツキが作ることになったのだった。
「ふぅ~ん。どれどれー?」
ひょい、としおりを手に取り、ページをめくり始めるニコラ。
「うん。スケジュール、わかりやすくまとまってて、いいんじゃないかな」
「はは、どうも。正直、海に行って勉強するってだけの企画だから、
誰が作ってもまとまるんだけどな」
苦笑しつつ、安堵して肩をほぐすイツキ。ニコラはよく気のつく少女だ。
彼女が太鼓判を押してくれたのだから、おおむね問題はないと思っていいだろう。
「しかし、学園長の発案にしちゃ、まともなのが気になるよな……」
「えーと、イツキ君。ふつー、学園長の発案ってまともであるべきだと思うんだけど」
「普通はね」
ところが、あの学園長は『普通』ではない。
『普通』の学園長なら、学園祭の最中に
『学園最強の番長、すなわち番長オブザ番長を決める熱いバトル』など開催しない。
「そうだけど……でも、あれ、もともとは……」
二人の視線が、同じ方向に向く。
飛び級の同級生・シャーリーと向かい合い、
名簿と資料を照らし合わせている屈強な体格の青年……ヴォルフへと。
「……俺のせいじゃねえからな」
ヴォルフは、こちらを振り向き、困惑げに抗弁した。
「俺は『学園の番長を正式に決めるイベントをやって、それ以外の私闘は禁止する』
ってアイデアを出しただけだぜ。それがまさか、あんなブッ飛んだ話になるたぁ……」
「学園長、ノリノリだったもんね~」
かちゃかちゃと、よくわからない謎の機械を組み立てながら、シャーリー。
「今回も、なにかやらかす気かもよー?」
まさか、と笑い飛ばすこともできず、顔を見合わせていると。
「ごめん、みんな。お待たせ」
生徒会室の扉を開けて、生徒会長──リンカが入ってきた。
「いや、ちょうどよかったよ」
笑いかけながら、イツキはニコラからしおりを受け取り、リンカに手渡す。
「これでオーケーだったら、印刷かけるから」
「ありがとう。確認するわ」
うなずいて席に着き、リンカはページをめくり始める。
几帳面な性格を象徴するような、びしりとした姿勢が美しい。
芸術的に整った目鼻立ちも相まって、ページをめくるという『動き』がなければ、
精巧な人形のようにさえ見える。
──何か気になるところがあったのだろう。
ふと、リンカが不思議そうな表情になり、ゆるりと首をかしげた。
『美しく精巧な人形』が崩れて、なかから年齢相応の少女が、
ひょっこりと顔を出したよう──そのさまに、思わずイツキはどきりとさせられる。
「ねえ、イツキ。三日目の夜の行事だけど──」
「あ、ああ」慌てて動揺を取りつくろう。
「せっかくだし、参加者で花火でもやろうかな、ってさ。
こう、浴衣とか、思い思いラフな格好で」
「いいと思うわ」
リンカは、やわらかな微笑みを見せた。
「参加者はそれほど多くはなさそうだから、ごみの回収も問題ないと思うし。
いい思い出になりそうね」
「そう……だな。うん」
彼女の笑顔を見られただけで、
一仕事した甲斐があったという誇らしい気分になる。
そんな自分の単純さにあきれながら、イツキは照れ笑いを浮かべた。
後ろのニコラが、さびしげに目を伏せていることには気づかないまま。
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