桑名銀天さん
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[ 作品No01 ] レメモな日々withモミジ
私、レメモ・ビブリが司書を務める神殿図書館の歴史はかなり古い。一説によると、太古の昔に天界を統一した初代聖王が設立を命じたらしい。その辺りの真偽については、「あらゆる異界の情報を収集する」という使命を与えられた図書館が誇る膨大な資料をもってしてもはっきりしない。あまりにも過去のことだからだ。
とはいえ、強大な力を持った者が集う七つの異界、それらを束ねて神界を構成したその出来事より前に存在していたことは少なくとも分かっている。天界図書館のあるエリアが「永世中立地帯」と定められ、地理的には天界に属するがどの世界にも属さない場所として他の世界の揉め事を持ち込むことが禁止されている(そしていずれの世界もそれを守り続けている)こともそれを裏付けている。
図書館の地下に広がる膨大な書庫には、その歴史の長さに相応しい、数えることが出来ないほどの蔵書が眠っている。だから時折、他の世界からこの知識の海を欲して客人が訪れてくる。
――のだけど。
「何ですかこれ、しゅーる過ぎて理解できない」
たまにそうではない人もやってくる。目的が知識や情報の保管であるとは言っても、何もお堅い歴史書ばかりが書架に収まっている訳ではない。その世界の風俗や芸術を記録として残すためにも娯楽関係の雑誌や書籍は必要であり、文化が成熟した平和な異界ほどその手の本は増えていく傾向にある。当然この図書館にも、そういった挿絵入りの、もしくはイラストがメインの本も数多く揃っている。
「司書さーん、この作者の別の本くださーい」
声の主はこちらを見ずにそう言った。
図書館には読書用のスペースが設けられている。今までは無骨な長テーブルと椅子だけだったのを、とある異界の図書館で人気を博したというタタミスペースというがあると聞いて導入してみた。椅子くらいの高さに、イグサという植物を編み上げて作ったタタミなる分厚い敷物を並べたものだ。『彼女』はそこに寝巻き同然の姿で寝転んでマンガを読みふけっていた。
「お探しの本なら地下二階のC-233から234の棚にありますよ」
「えーめんどいじゃないですか、取ってきてくださいよーどうせ暇なんでしょう?」
それを言われると弱い。そもそも司書である以上は利用者の要望には応えなければならない。
彼女がここに現れたのは三日ばかり前。『八百万の神々が住む異界』から来たという彼女はモミジ・カキツバタと名乗った。ミコフクと呼ばれている民族衣装をまとい、大きな荷物を持っていきなり現れたのだ。
聞けば、仕事が嫌になって思わず荷物をまとめて飛び出したらここに来てしまったらしい。慣れない異界の居心地の悪さにどうせすぐ帰るだろうと思い、行き場がないという彼女を仕方なく図書館に泊めたところ、その気配を全く見せないどころかすでにタタミスペースを独占し我が物顔でくつろいでいる始末だった。荷物の中身は食料(殆どが魚卵)と酒類、それに布団とジャージなど。それらを広げてゴロゴロとくつろいでいた。こたつとミカンがあれば無敵なのになー、と言われたが私はそれを知らないふりをした。
異界の住人とはいえ神族である以上、天使である私達が無理矢理に追い出すことは出来ない。それに本を読みに来ているのには変わりないから邪険にも扱えず、余計に質が悪い。どうしたものだろう。
地下まで降りて本をカートに載せ、エレベーターで地上階に戻り、入り口ホールに住み着いているモミジのところに運ぶ。読み終えた本を積み直し、書架に戻す。彼女が来てからそんなことが続いていた。
彼女が眠ってしまった(しかも真っ昼間に)隙を見て、私はモミジ・カキツバタという神族について調べた。神族やそれに準ずる天使や神獣は、人間と比べて遥かに長い寿命を持っている。人間についての本は死後にまとめられることが多い一方、神族はその命の長さゆえに存命中に伝記・伝承の類がまとめられる(もっとも、神族が亡くなるのはよほどのことがない限り起こりえない)。彼女の場合、名前や異界がはっきりしているから文献を探しだすのは容易だった。
和ノ国と重なりながらも重ならない、神だけが住まう異界、それが『八百万の神々が住む異界』。一柱ないし複数の神族が治めている世界は少なくはない。しかしこの二つにして一つ、一つにして二つの異界は特別で、万物に魂や神が宿るという思想、アニミズムが発展したために無数の神が生まれ、神々だけが住まう異界が出来たのだという。
ならば、彼女は一体何の神なのだろう。そう思いつつ私は『和ノ国ノ八百万ノ神々 巻ノ捌』と表紙に書かれた本を開く。ゑ、ひ、も……と探しても、モミジの名前は見つからない。もしやカキツバタの方で載っているのではと『巻ノ弐』を取る。しかしそちらでも同様、この神の詳細を見つけることは出来なかった。
あるとしたら彼女が生まれたばかりの神であるか、――これは考えたくはないが――偽名を名乗ったか。いいや、神族が自分の名を偽るなど断じてありえない。神性はその名に宿る。名を偽ればそれはすなわち自らが神であることを否定することになるからだ。
ここはやはり、本人に直接尋ねるしかなさそうだ。
試してみると彼女はあっさりと答えた。正体は何者なのか、と単刀直入に訊いても答えをはぐらかされそうだったので、質問を変えた。
「そんなに逃げたくなるお仕事って、一体何なんですか?」
「司書さん、お茶」
機嫌を損ねるのもまずいのでお茶を出してあげた。
「おお、これは噂に聞いたてぃーとかいう飲み物ですか?」
「お口に合いませんでしたか?」
「いやあ、逆ですよ、世の中にはこんなに美味しい物があるんですねえと、世界の広さを感じているんです」
ずずず、と音を立ててすするモミジ。そういえば、和ノ国ではこうやって飲むものだと聞いたことがある。
「ずっとここにいたくもなりますよー、だって今家に戻ったら――」
グチグチと話が長くなったのでまとめると、彼女は神のために祝詞を捧げる神ということだった。奉納する相手は神の中の神。なるほど、神が大勢いれば神々を束ねる神もいるということか。その伝令をしているということなのだと私は解釈した。
すると、彼女が生まれた経緯は人間の信仰心とは無縁のところにある。だから文献にはその名前や素性が見られなかったのか。なかなか興味深い世界だ。
正体が分かったことだし、彼女の故郷に何らかの方法で連絡を取らないと。
とその時、入口の扉が僅かに開いて訪問客が現れた。いや、この場合は招かれざる客、と言うべきか。
「レメモちゃん、遊びに来たでー」
体高三十センチくらいの灰色のバクのような姿をした四つ足の獣。頭に冠のような飾りをつけたこの変な言葉遣いの生き物はトートという。女性と見れば見境なくナンパする通称ハレンチアニマルである。
「お? なんか見慣れない子がおるやないか」
「ああ、彼女は――」
説明も聞かずモミジの布団に飛び込むトート。こういう時だけは素早い。もぞもぞと毛布の下を這い回っている。
「ん、なんや、レメモちゃんが連れ込んどるからてっきり魔族かと思うたらちゃうやないか」
「連れ込んだ訳ではありませんしそもそもそんなことのために図書館は使わせません。ほら、さっさと出る」
トートが布団の中から――もとい、仰向けに寝ているモミジの胸元から――這い出たのと、モミジが目を覚ましたのが同時。トートの両前足は、二つの柔らかい膨らみを押し潰していた。
「服のせいでよう分からんな」
「いいいいやああああっ!!」
モミジは血相を変えて飛び起きるとトートを力任せにぶん投げた。まずい、トートの冠が書架や背表紙を傷つけてしまう、そう思った私は神獣を躊躇なく床に叩き落とした。彼女がこっちに向かって投げてくれて幸いだった。
「何なんですか司書さん! それ!」
モミジは顔を真っ赤にして叫ぶ。突然のことだったにしても、少し異様なくらいの態度の急変に驚く。
「これですか。神殿図書館のペットです。女性と見ると見境なく襲う癖がありまして」
「そういうのがいるなら先に言って下さい! むむ、胸を触るなんて! あの人にもまだ触らせたことないんですよ!」
顔を見れば何を考えているのかが分かりやすい神様で助かる。
「トートにはそういうの通用しませんよ、なにせ動物ですからね」
お願いトート、そのままそこで気絶してて。
「うう、やっと楽え、じゃない隠れ場所を見つけたと思ったら貞操の危機に見舞われるだなんて。ちゃんと鎖に繋いでおいて下さいよ」
「繋いでも逃げちゃうんですよね、今みたいに」
現にこうやって飼育係のもとから脱走してここまでやってきているのだから、似たようなものだろう。
「仕方ない……帰りますか」
こうして彼女、モミジ・カキツバタは荷物をまとめ直し、図書館を去って行った。
その後のことは、私にも分からない。
「ところでな、レメモちゃん」
「起きてたんですか」
「ワイ、ここのペットになってもええん?」
「今回はお手柄でしたので、まあ」
「おおっ、今日はいつにもまして優しいやないか」
「書庫の最下層に空きスペースがあるので、そこになら住んでもいいですよ。ただしそこは迷宮のように入り組んでいて、図書館のスタッフでないとまず抜け出せません。明かりも不充分ですし」
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作品№01 >>> (※管理人より)コメントは特になしとのこと。また「レメモの日々」はシリーズ作品になっており、 そのほかの作品は桑名銀天さんの pixivページ にてご覧いただけます。サクッと続けて読めちゃいます。 |
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