洋菓子の貴公子
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困った。すごく困った。
両手いっぱいのマドレーヌを抱えたまま、ボクは途方に暮れていた。
フェルチに頼まれて、ファムを元気づけるために
焼きたてのマドレーヌを持ってくるって約束してたんだけど……。
「誰も居ないのかなぁ」
工房の扉をノックしても、誰も返事をしてくれない。
持ってきたマドレーヌをそのまま持って帰るのも気が引けるし、
とはいえこれを置いていくわけにもいかないしなぁ……。
と、ボクが腕組みをして悩んでいると、今一番聞きたくない声が聞こえてきた。
「おいブレド! またパンのデリバリーかぁ、ご苦労なこったな!」
「カルテロ、これはパンじゃない、マドレーヌだ。あとうるさい。
……まったく、ファムの元気が無いときによくそんな元気でいられるな」
「ファムの元気がないときに、明るくしなくてどうすんだよ、
クソ真面目なお前が来ても毒になるだけだって」
「なんだと?」
「やるか!?」
……とお互いに意気込んだものの、ボクとカルテロはお互いに大きなため息をついて矛を収めた。
互いの見解は違えど、ボクとカルテロの目的は同じ。
ファムの元気を取り戻したい。
ただ、それだけだった。
でも、困ったことにそのファムがどこに居るかがわからなかった。
「ファムは留守にしてんのか?」
カルテロが玄関の窓を覗きながらボクに聞く。
ノックしても返事がない、ということをボクが伝えると、少し考えたあとカルテロは言った。
「もしかして、"とこしえの樹"に行ったんじゃないのか?」
「なんでさ」
「う~ん……いやホラ、エテルネが懐かしくなったとか
……ちょっと散歩したくなったとか……」
「根拠が薄いよ、カルテロはいつも適当すぎる」
「考えるよりまず足を動かせっての! ホラ行くぞ!」
「カルテロ、足を動かしてるのはラルゴだ。お前じゃない」
「そういうこと言ってんじゃねーよ! あーもー、ホント頭が固いなブレドは!」
一度消えた火花が、ボクとカルテロの間でもう一度散り始めた。
それを面倒臭がったのか、舌打ちをひとつして、カルテロはプイッとこちらに背を向ける。
「頭でっかちのブレドはそこで待ってればいいさ、オイラはファムに会いに行くぜ!」
「カルテロに任せてたらファムが今より落ち込む可能性がある。ボクも行くぞ」
言葉の後に、ボクとカルテロはお互いに目を合わせた。
こんな感じで目的がいっしょになった時、やることといえば決まっている。
「ブレド。とりあえずその大量のマドレーヌをラルゴに載せろ。話はそれからだ!」
「よし!」
ボクはラルゴの背中にある荷台にカゴごとマドレーヌを載せると、準備体操を始める。
カルテロもラルゴの様子を伺い、お互いに用意が出来たことを確認すると、
「……じゃあ!」
「……競争だッ!!」
カルテロの言葉を合図に、ボクたちはいっせいに走りだした。
目的地は遠くにそびえる、"とこしえの樹"!
「ファムーー!! 待ってろよーー!!」
「まだ居るかどうか分かんないだろ! 荷物落とすなよ!」
全く……ホント困るよな、こういう考えなしの奴は!
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