慈愛満ちる蝶香師
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私、困ったなぁ、って思ってる。
しばらく放っておいて欲しいのに、フェルチお姉さまが外に行く準備をしろってうるさかった。
(……お姉さまの言うことだし、聞いとこうかな。
はぁ……もうなんだか面倒くさくなってきたなぁ)
そう思いながら、のそのそと準備をして、お姉さまについて行くと、
とこしえの樹から程遠くない森へと連れて来られた。
「ファムさま……」
そこにはアネーロやベアード教授、ブレドやカルテロ、ソリッサたちも居て、
私を見るなり驚いた顔でソワソワとしはじめる。
……私は、その皆の姿を見て、少しイライラし始めていた。
「……なんなんですか、皆そろって。放っておいてくれてもいいじゃないですか」
自分で言うのもなんだけれど、私はそんなに怒りっぽい方じゃない。
というか、ほとんど怒ることなんてない。
でも、もう我慢の限界だった。カッと胸の底が熱くなり、自分の気持ちが爆発するのがわかる。
「いつもの私に戻るまで待ってくれてもいいじゃないですか!
少し待ってくれればいいのに! ちょっとくらい落ち込ませてよ!」
もう、そこからは止まらなかった。言葉と一緒に、私の目からは涙がポロポロと落ちていく。
この天上岬のどこからでも、"とこしえの樹"は見えてしまう。
その頂上に咲いているあの子のことを見上げる度、
太陽が目に染みて、夜のないこの場所のことが嫌いになってしまう。
それが心底悲しかった。大好きなこの天上岬を、嫌いになってしまうのが。
「私だって、悲しいことがあったら落ち込むんだから!」
私は叫んで、工房に帰ろうと踵を返した。
「知ってるわよそのくらい!」
フェルチお姉さまの大きな声が、森を揺らす。
「落ち込んでるのくらい見たら分かるわよ!
でもこっちは、一人でウジウジしてるファムを見るのが辛くて仕方ないのよ!」
お姉さまは私に向かって歩きながら、叫ぶように言う。
……お姉さまが本気で怒ってる姿を、私は初めて見た気がする。
でも、それに負けないくらい私も怒っていた。
「じゃあどうすればいいんですか! 落ち込むなってことですか!?」
私は言い捨てると、皆に完全に背を向ける。
放っておいてくれるまで、お姉さまとは口聞かないんだから!
そう思い、一歩踏み出そうとした、その時。
「私たちは一緒に悩んだり落ち込んだりできるって言ってんのよ、このバカァ!」
泣き声混じりのその声で、私の足は止まった。
「一人で抱え込まないでよ! 一緒に泣いたり笑ったり出来るでしょ!?
言葉にしてよ、ぶつけてきてよ!」
「フェルチお姉さま……」
「いつも隣にいるのに、なんでこういう時に頼らないのよ……
バカァ……ファムのバカ……!!」
私と同じように、涙をポロポロこぼしながら、フェルチお姉さまは私に叫ぶ。
それを見て、私はハッと気付いた。
……そうだ、言葉にせずに、何も伝えずに、ただ塞ぎこんでいたのは、私。
拒否されても、跳ね返されても、フェルチお姉さまは私に何度も踏み込もうとしてくれていた。
傷つきながら、泣きながら、手を伸ばそうとしてくれたのに──!
「──ッ、お姉さま!」
座り込んでしまったお姉さまに、私は思わず駆け寄った。
そして、それを見つけたの。
……皆の後ろに咲く、大きくてたおやかな花を。
そこですやすやと眠る、見覚えのある、あの子の姿を。
「……ねえ、ファム。今度からは、落ち込んだりしたら、お姉ちゃんたちにも相談してよ」
困ったなぁ、皆がいるのに、涙が止まらない。息が出来ない。胸が苦しい──!
言葉が出ない私に、フェルチお姉様は優しく語りかける。
「今日みたいに、奇跡くらいなら起こせると思うからさ」
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