天上岬の空
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だけど、いざ登ってみると、本当におおきいですねぇ……。 | ||
──ファムはぽかんと口を開けたまま、遥か天空を貫く幹を眺めている。 | ||
──すごい。でかい。おおきい。 | ||
──そんな感想しか浮かばないほどに、"とこしえの樹"は巨大だった。 | ||
……すんすん。なんだかいい匂いがしてるにゃ。 | ||
"とこしえの樹"の香り……なのかな。樹皮は香木になるって話だけど。 | ||
──フェルチは言いながら、小さなナイフで樹皮を少し切り取る。 | ||
──それから、液体の入ったいくつかの瓶に、刻んだ樹皮のカケラを入れた。 | ||
それは、何をされてるんですか? | ||
フェサ式テスト、っていってね、植物の毒性を調べてるの。 | ||
3番目と4番目の瓶が一緒に白く濁ったら、その植物は特に気をつけてね。 | ||
ひとかけらで、だいたい国ひとつ滅んじゃう毒なの。 | ||
さらっと恐ろしいことを言わないでほしいにゃ……。 | ||
べ、勉強になります。 | ||
ちなみにその検査方式を編み出したのはお父さんだよ☆。 | ||
──バチーン☆とウインクを決めながら、ベアードはアネーロに言う。 | ||
……あ! そういえばアネーロちゃんのフルネームって、確か──。 | ||
アネーロ・フェサですけど。 | ||
──瞬間、空気が凍る。特にファムとフェルチの驚き様は群を抜いていた。 | ||
……な、なんで気付かなかったんだろう私達。 | ||
あの、ええと……ど、どうしよう、改めてよろしくお願いします、教授! | ||
あわわわ、そのせつは、お世話になっております……! いつも助かってます……! | ||
──いままで一切動じなかった二人が全力で慌てている。その様子はとても新鮮だった。 | ||
おい、このオッサン、マジですごい人なんじゃ……。 | ||
この一件が終わったら本気で相談に乗ってもらってもいいですか!? | ||
ウム、皆気軽に相談に来るといい。皆の役に立てることこそが喜びだ。 | ||
──ベアードの株が急上昇していく中、彼の視線はアネーロだけに注がれていた。 | ||
な、なによ。 ……! ……!! | ||
──褒めろ、とベアードの目が語っている! | ||
……ちょこっとだけ見直した。 | ||
……うん、やばい、今お父さん泣きそう! | ||
シャキッとしてよもおお! | ||
──漂う良い香りがそうさせているのだろうか、君たちは和気あいあいとした雰囲気だ。 | ||
──どこか甘く、それでいて爽やかで優しい、落ち着いた香り。 | ||
──それを、君はどこかで嗅いだことがあった。そう、これは……。 | ||
これは……この世界へ来た時に嗅いだ、あの花の香りにゃ。 | ||
――君はうなずく。どこか怪しい雰囲気のある、美しい花だった。 | ||
もしかして"とこしえの樹"が、私達を呼んだのかにゃ? | ||
──かもしれないね、と君はつぶやく。 | ||
だとしたら……。 | ||
──樹を救わなければ元の世界には帰れない。 | ||
──嫌な予感がよぎる頭を一度振り、君は皆を追って、幹の上を歩き出した。 | ||
──……どれだけ登っただろうか。 | ||
──あれだけ賑やかだった皆の口数は次第に減り、表情は疲労の色が濃くなっている。 | ||
──だが、この二人がいなければ、ここまで来る事すら出来なかっただろう。 | ||
パンを持ってきてよかったよ。無くなったら、木の実とかですぐに何か作るから。 | ||
──空腹を満たしてくれるブレド特製のパンや、即席の料理。 | ||
なんか運べる物あったら渡してくれよ、休憩代わりに後ろに乗ってもいいからな! | ||
──重い荷物や、一息つく仲間を運んでくれる、カルテロとラルゴ。 | ||
──……とはいえ、足場の悪い樹の上の道のり。皆の限界は近かった。 | ||
あの、すみません。ちょっと、もう……。 | ||
私ももう無理! 歩けない! | ||
疲れましたぁ~……。 | ||
──肩で息をしながら、アネーロとフェルチ、そしてファムはぺたんと座り込んでしまう。 | ||
──さすがの君とウィズもかなりの体力を消耗していた。 | ||
……そうだな、そろそろここで一旦長く休むことにしよう。 | ||
私は少し先に行って様子を見てくる。君たちはここに居たまえ。 | ||
──そう言うと、ベアードは身軽な動きで葉から葉へ。 | ||
なんでベアードはあんなに元気なんだよ。 | ||
只者じゃないとは思ってたけど、すごいね……。 | ||
──感心しきりの君たち。一息つこうと君も腰を下ろそうとするが……。 | ||
おーい! 魔法使いくん! 手を貸してくれ、問題が起こった! | ||
問題? ……嫌な予感がするにゃ。 | ||
──君は皆より一足早く、ベアードのところへと走った。 | ||
……結界が、まだ生きている。これ以上先に進めん。 | ||
──水晶のような結界が、君たちの眼前に立ち塞がっている。 | ||
──そして、その前には杖を持った少女の姿。彼女は、君たちをじっと睨みつけている。 | ||
あの結界、"とこしえの樹"のものではないな。ずいぶん強力だが、彼女の仕業か。 | ||
何故邪魔をする、君の目的はなんだ。 | ||
──詰め寄るベアードを睨みながら、少女は小さな声でつぶやく。 | ||
……邪魔なんかしてない。ここで止めないと、駄目になるから。 | ||
何を言っている。君の通せんぼのせいで樹が失われても──。 | ||
君じゃない。私はソリッサ。名前がある。 | ||
──ベアードの言葉を遮り、ソリッサは少しだけムッとしながら、強い口調で言う。 | ||
それは悪かった。……通してくれ、私達は樹を救わなければならん。 | ||
言ってる意味がわからない。通したら、樹が枯れる。 | ||
何を言っているんだ、私達は──。 | ||
邪魔をするなら、容赦しない! | ||
――ソリッサは君たちの話を聞く気はないようだ。 | ||
──手に持った杖を高々と掲げると、そこに虹色の魔力が集中する! | ||
(戦闘終了後) | ||
──っく! | ||
──君の魔法で、ソリッサの杖が弾き飛ばされる。確かな手応えと、勝利の確信……。 | ||
──だが、同時に君の目にはソリッサの絶望に染まった表情が焼き付く。 | ||
──漠然とした嫌な予感が頭をよぎる。とんでもないことをしてしまったのではないか……? | ||
──後悔するにはもう遅い。結界は、破られてしまった。 | ||
駄目! | ||
──ゆっくりと陽が傾き、段々と白い太陽が黄色く赤く、変化していく。 ──落ち切った太陽の反対側からは、深く暗い夜が伸び上がってきていた。 ──あっという間に暗くなった空を見上げ、君は身構える。 | ||
……ん? なんにゃ。夜になっただけかにゃ。 | ||
──少し気の抜ける結果だった。夜になった以外には、何も起きない。 | ||
──だが。 | ||
なんだこれは……一体どうなっているのだ! こんな事、今までなかったではないか! | ||
──ベアードは声を荒らげ、空に向かって叫んでいる。 | ||
ねえ、魔法使いさん。一体これは何? 空に何が起きたの? | ||
どうして暗いの? なに、これ……! | ||
──異変を察したのか、青ざめた顔をしたファムとフェルチも君の所へ上がって来ていた。 | ||
何をそんなに驚いてるにゃ。確かに急な変化だけど、昼が夜になっただけにゃ! | ||
よる……だと? 何だそれは! | ||
──君にすがるようにして立ち上がったベアードは、君の肩を強く揺さぶりながら叫ぶ。 | ||
知らんぞ、そんな現象……君はそれを知っているのか! | ||
君のいう、その『夜』とは何だ!? | ||
──ベアードの言葉を聞いて、君は体の中心をぶち抜かれたような衝撃を受けた。 | ||
──今、彼はなんと言った? 『夜』とはなんだ、とはどういう意味だ? | ||
そんな……まさか……。 | ||
──思い返せば、君はずいぶん長い時間を、この異界で過ごしている。 | ||
──もう、夜が来てもおかしくないはずの時間を……! | ||
──君の中で一本の線が繋がる。夜を知らない住民、そして落ちることのない太陽……! | ||
──そう、天上岬には、今まで夜が訪れることがなかったのだ!! | ||
夜を、閉じ込めてたの。 | ||
──愕然とする君に、ソリッサは静かに声をかける。 | ||
夜を……? どういうことにゃ。 | ||
樹が弱って……もともとの守人だったヴェレッドに頼まれて、ココを守ってたの。 | ||
空を、支えられなくなったから。 | ||
ヴェレッド──大樹の守護妖精か。 | ||
ヴェレッドは、これで結界を作って"とこしえの樹"を守りなさいって。 | ||
──彼女は杖の先から、光り輝く石を取り出した。その光は、どこか太陽に似ている。 | ||
あったかい……。 | ||
──ファムはその光に一歩近づき……そして。 | ||
きゃっ……! | ||
──タネを入れていたファムの鞄が輝き、そこから現れたのは……! | ||
お初にお目にかかります、お母様。 | ||
お、おかあ……? | ||
──腰を抜かしたファムに手を差し伸べながら、その少女はどこまでも優しく微笑む。 | ||
……エテルネ、とお呼びください。 | ||
──まるで、太陽のように。 |
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