見つからない温泉
タグ一覧
>最終更新日時:
ここ死界には、あらゆるところに争いの痕跡が残り続けている。 | ||
不自然に盛り上がった道や、吸い込まれそうなほど深い穴。 | ||
思わず顔をしかめたくなるようなガスの臭いと、何故か湧き出ている湯。 | ||
イザヴェリはその横を通り過ぎながら、嫌気が差したように嘆息した。 | ||
![]() | ||
![]() | どうしてお湯が湧き出てるのよ。ここの領主は何をしているわけ? | |
イザヴェリを恐れてか、彼女のもとへ死界の者が訪れることはほとんどない。 | ||
だが反対にイザヴェリが死界の、定められた領地を侵すことは多い。 | ||
法やルールがあるわけではなく、各々が主張し奪い合う死界の土地だが……。 | ||
そんなものは関係ないとばかりに、彼女は自由に振る舞い続ける。 | ||
![]() | はぁ……。 | |
お湯が湧き出て、池のような溜まりを作るそこを通り過ぎた後で、 | ||
池のような溜まりを作るそこを通り過ぎた後で、イザヴェリは再びため息をついた。 | ||
![]() | どうして私の家の近くにあんなものが……。 | |
ああやってお湯が湧き出るのは珍しい。何かに使えるかもしれない。 | ![]() | |
![]() | 何かって何よ……お湯を何に使うのよ。 | |
![]() | そもそも温泉なんてどこにあるのかしら。もっと下調べをするべきだったわね。 | |
移動に最適なものがあればいいのだが、イザヴェリが持っているものはせいぜい飼い犬ぐらいのもの。 | ||
面倒だが歩いて探すほかなかった。 | ||
あそこがゼェール領跡地。 | ![]() | |
![]() | いたわね、そんな暗君も。 | |
知っているの? | ![]() | |
![]() | 死界では有名な話よ。国を愛し、民を愛した哀れな王。暗愚。蒙昧。徒花……そう呼ばれているわ。 | |
愛することが、そんなに哀れなの? | ![]() | |
![]() | 当然でしょ。 | |
イザヴェリが口元を笑み歪めながら、楽しげに口にした。 | ||
![]() | どうかしてるわね、愚劣な王ゼェール。地を奪われ、民を殺され、それでもなお、国を求め続ける悲惨なる王。 | |
![]() | けれど楽しいわ。そういうことがあるから、私はここが好きよ。 | |
ヴィヴィはわからない。といった表情で首を傾げた。 | ||
![]() | さあ、行くわよ、ヴィヴィ。時間だってそうないんだから。 | |
![]() | ここ、何かしら。 | |
それは珍しい光景だった。 | ||
血と見紛うほどの赤が広がっていた。 | ||
グツグツと音を立て、赤色の煙を上げている。 | ||
![]() | 初めて見るわね……。 | |
見て、イザヴェリ。 | ![]() | |
![]() | ……何? | |
お湯に入ってる魔物がいる。 | ![]() | |
![]() | 馬鹿ね。そんなの当然じゃない。そうすることで穢れを落とすと、死界ではもっぱらの評判よ。 | |
……死界なのに。 | ![]() | |
ヴィヴィの呟きは、イザヴェリの耳に届かなかった。 | ||
赤黒い煙をあげる場所があるのは珍しいが、好き勝手に振る舞う者が集っている死界では、湯に浸かる連中がいてもおかしくはない。 | ||
![]() | ハクアが言っていたわ。魔界という場所は、複数の王によって統治されていると。 | |
![]() | ここでは考えられない。秩序なんてあってないようなものだもの。 | |
それがなければ滅んでしまうということ。大切だと思う。 | ![]() | |
![]() | 力なき者に繁栄はないわ。その程度で滅ぶような弱者なら、くだらない矜持を捨てて自害でもしてなさい。 | |
弱くても生きる術はあるのに。 | ![]() | |
![]() | そういうところで、そういう生き方をするだけなら結構なことじゃない。 | |
![]() | 結局ね、私たちも弱ければ喰われるのよ。そうやって命が廻っているの。それが唯一にして絶対の掟よ。 | |
イザヴェリは優しくない。 | ![]() | |
![]() | 優しいわよ。そうでなければ、〈死喰〉は務まらないもの。 | |
本当に優しさがあるかどうかはともかく、イザヴェリにとって死者の魂を喰らうことは、何にも代えがたい楽しみであった。 | ||
そして〈死喰〉は、他者に務まるものではなく、イザヴェリの名が知れ渡る頃には、彼女に近づく者もほどんどいなくなっていた。 | ||
──ほとんどというのは。 | ||
たとえばこれである。 | ||
魔物が……。 | ![]() | |
ただただ暴れるだけの魔物たちが、今まさにイザヴェリのもとへ向かってきていた。 | ||
見たものを襲うという本能だけの、イザヴェリが最も嫌う種族だ。 | ||
![]() | こう言うことが起こりえるというのは、十分想定内の出来事だわ。 | |
![]() | 不愉快だけれど、ああいうのは全て踏み潰していくしかないわね。 | |
そう言ってイザヴェリが、飼い犬を解き放った。 | ||
イザヴェリに勝るとも劣らない、獰猛さを秘めた凶悪なそれが魔物に向かって疾駆する──! | ||
(戦闘終了後) | ||
呆気なく噛み砕かれた"ソレ"は、飼い犬たちの足元に転がっていた。 | ||
無残に命を散らすことになったが、イザヴェリが言ったように力なき者に繁栄はない。 | ||
可哀想……。 | ![]() | |
そのうちそんな考えはなくなるわよ……イザヴェリはそう言おうとして、やめた。 | ||
彼女は無駄なこと、意味のないことを好まない。 | ||
その忠告がヴィヴィにとっても、不必要だとイザヴェリは知っていた。 | ||
![]() | 邪魔をする者は全て喰らうわ。それが私、〈死喰〉の掟。 | |
![]() | 私は私の自由を侵害する者を、誰ひとりとして許さない。 | |
自ら手を下すのは己の美学に反するが、許せないものは許せない。 | ||
![]() | ほらヴィヴィ、行くわよ。私たちの温泉に。 | |
私たちのって……まだ見てすらいないのに。 | ![]() | |
浮足立つイザヴェリとは対照的に、ヴィヴィは一抹の不安を抱いていた。 | ||
温泉という言葉だけで、進んでいる。 | ||
ヴィヴィが全て知っていると信じて疑わない。 | ||
だが──。 | ||
![]() (私も本で読んだだけなんて、今さら言えない) |
コメント(0)
コメント
削除すると元に戻すことは出来ません。
よろしいですか?
今後表示しない