竜を狩る者
(0コメント)![]() ──行きます! | ||
咆哮する"燎原の鬼心竜"ザノガラッゾ──その巨体へと、イニューは臆することなく駆け出した。 | ||
正面から、ザノガラッゾの牙が来る。容赦のない噛みつきを、イニューは真上に跳躍してかわした。 | ||
だがッ! | ![]() | |
空を仰ぎ、口を開くザノガラッゾ。体内の竜力を紅蓮の炎の吐息と変えて、空中の少女を狙う。 | ||
![]() | はあッ! | |
対してイニューは、手にした巨大な鍼で炎の幕を引き裂くようにして、鬼心竜へと降り落ちていく。 | ||
ザノガラッゾが驚愕に瞳を見開いた直後──その喉元に、イニューの鍼が深々と突き刺さっていた。 | ||
む、う……。 | ![]() | |
重い吐息をもらし──ザノガラッゾは、くたり、と平原に崩れ落ちた。 | ||
ううむ……いい塩梅だ。良い腕よな、竜鍼士。 | ![]() | |
先ほどまでの猛りはどこへやら。ザノガラッゾは心地よさげに目を細めている。 | ||
![]() | そのまま、しばらくゆったりなさってください。力を抜いているうちに、こりがほぐれます。 | |
うむ、助かる。しかし──いつもこうして、竜の攻撃をかわしながら鍼を打っておるのか? | ![]() | |
![]() | はい。やっぱりみなさん、相応の腕の持ち主でなければ鍼を打たせはせぬ、とおっしゃるので……。 | |
まあ、竜とはそういうものだ。ましてやこの地では力こそ、何にも勝る真理だからな── | ![]() | |
なんにしても、助かった。不調のままでは、噂の”竜狩り”に遅れを取らぬとも限らぬゆえな。 | ![]() | |
![]() | ”竜狩り”? なんです……? それ── | |
近頃、各地で竜を狩る女がおるらしいのだ。竜人ならぬ身でありながら竜力を使う戦士だという。 | ![]() | |
![]() | 竜人じゃない……? でも、竜との契約なしに、竜力を使える人間なんて……。 | |
竜に認められて契約を交わした者は"竜人"となり、"竜力"と、竜の肉体の一部を得る。 | ||
そしてそれを子々孫々と継承していく。イニューも、竜と契約した祖先を持つ生まれつきの竜人だ。 | ||
我も不思議だ。氷河に住まう賢竜ザハールなら、その理屈を解き明かせるやもしれんが。 | ![]() | |
そうだ、ザハールにも鍼を打ってやってくれぬか。あれは本の虫でな。きっと打ち甲斐があろう。 | ![]() | |
![]() | かもしれませんね。そうしてみます。 | |
![]() えーっと、あそこに大岩があるから、氷河の方に進むには、確かこっちの……。 | ||
……! | ![]() | |
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![]() | 貴様は"本物"か……と聞くのも無意味か。いずれにしても──討ち果たすまでだ!! | |
剣と楯を構え、竜と対峙する女戦士──その全身から、殺意に満ちた竜力があふれ出る。 | ||
(人の身で竜力を使う戦士……! まさかあれが”竜狩り”……!? まずいっ!) | ![]() | |
女が竜に切りかかった瞬間──イニューは疾風のごとく駆け抜け、両者の間に割り込んだ。 | ||
![]() 苛烈なる一刀を、巨大な鍼で発止と受け止めて、必死に制止の叫びを上げる。 | ||
やめてください! どうしてこんなこと── | ![]() | |
言葉の途中で、イニューは目をぱちくりとさせた。 | ||
えっ──あれ? ひょっとして、アディちゃん!? | ![]() | |
![]() | おまえ──イニューか!? ……くそっ! | |
舌打ちとともに、強烈な回し蹴りが来た。脇腹を通打され、イニューは真横に跳ね飛ばされる。 | ||
アディちゃんっ──! | ![]() | |
あわてて起き上がった直後── | ||
竜が、真正面に闇色の吐息を放った。 | ||
禍々しい竜力の吐息が戦士を包む。蹴られていなければ、イニューも巻き込まれていた……。 | ||
アディちゃん!! | ![]() | |
闇のなかを、戦士は進む。尽きることなき不屈の意志を、その瞳にたぎらせながら。 | ||
![]() これで怯むと思うなよ──ヴシュトナーザぁっ! | ||
目が醒めると──アデレードは、鎧を脱がされ、大地に横たえられているのに気づいた。 | ||
焚火が、ぱちぱちと音を立てている。そのせいだろうか。身体が、じんわりとあたたかい。 | ||
![]() | (いや……違う。何か……鍼? これを打たれたからなのか……) | |
あ、動かないで、アディちゃん。今ね、鍼頭灸を打ってるから。 | ![]() | |
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![]() | あの竜は、どうなった? 私は、あいつを倒せたのか……? | |
うん。アディちゃんの剣で斬られて……そしたら、霧みたいに消えちゃった。 | ![]() | |
ごめんね、アディちゃん。わたし、てっきり……竜を襲ってるって思っちゃって……。 | ![]() | |
![]() | 承知の上だ……。そう見えても仕方のないことをしている……。 | |
あれ……いったいなんなの? アディちゃんは、どうしてあんなのと戦ってるの? | ![]() | |
![]() | ……聞くな。おまえには無関係だ。 | |
あります。久々に会った幼なじみが困ってるんだもの。それに、さっき助けてもらったばかりだし。 | ![]() | |
あ、そうだ。アディちゃん、ご両親── | ![]() | |
言いかけて、イニューは口をつぐんだ。 | ||
吹きつけるような沈黙──空気をも焦がすほどの無言の拒絶が、そうさせていた。 | ||
……ごめん。 | ![]() | |
アデレードは、何も言わない。 | ||
軋むように、焚き火が鳴った。 | ||
![]() ……なんでついてくる。 なんでひとりで行っちゃうの。 | ||
![]() | 昨日も言っただろ。おまえには無関係だ。 | |
そんなことないってば。それにアディちゃん、全身がたがただよ。ほんとならじっくり治療を── | ![]() | |
![]() | たく、もう……いい加減、"ちゃん"づけはよせ。 | |
アディちゃんだって、昔は"イニューちゃん"って呼んでくれてたのに。 | ![]() | |
それで、アディちゃん、どこに行こうとしてるの? | ![]() | |
![]() | 賢竜ザハールとやらのねぐらだ。奴に聞きたいことがある。 | |
え、アディちゃんも? 実は、わたしもなんだ。 | ![]() | |
![]() | なんだと? くそ、どういう偶然だ……。 | |
なるほど、そろって我に用事か。忙しくなるな。 | ||
![]() | ……っ! | ![]() |
背後からの声に、ふたりは鋭く振り返った。 | ||
![]() 視線の先──音もなく現れた人型の竜が、悠然とこちらを見つめている。 | ||
おまえがザハールか……聞いていたのなら、話は早い。私は── | ![]() | |
![]() | 各地で竜を狩る、黒い女戦士、だろう。とうとう我が命も狙いに来たか。 | |
違うんです! アディちゃんは── | ![]() | |
![]() | 問答無用ッ! いかなる外法か知らぬが、人の身で竜力を操り、竜を狩るなど不遜の極みと知れッ! | |
ずいぶんと短気な賢竜だな。仕方ない……力ずくで知識を吐き出させてやるしかないな。 | ![]() | |
![]() | よくも言う。ならばその力──この者に示せ! | |
ザハールが告げた瞬間、両者の間に雷が落ちた。 | ||
目もくらむような閃光と、耳をつんざく轟音が、辺り一面を支配し── | ||
![]() 光が消えた時、そこに少女が立っていた。 | ||
優雅な気品と堂々たる威風をまとい、毅然とした眼差しでこちらを見つめる少女。 | ||
その身から放たれる気魄と竜力に、アデレードは肌が粟立つほどの戦慄を覚え、本能的に身構えた。 | ||
この竜力──この雷撃──まさか……! | ![]() | |
”雷鳴の竜魔”……ミネバ・クロード!? | ![]() | |
最強の竜人を意味する名で呼ばれた少女──その指先に、ぱちり、と鮮やかな紫電が爆ぜた。 | ||
![]() | 参ります──竜を狩る者! | |
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ただの人間に負けたという不名誉に散れ、ミネバ・クロード!! | ![]() | |
突進しつつ炎の竜力を解放。喰らいつく炎の牙──かわすミネバに、狙い澄ました剣撃を放つ。 | ||
ミネバは優雅に身を退いた。寸毫の見切り。喉をなでる剣風にも構わず、たおやかな指を伸ばす。 | ||
![]() | 馳せよ迅雷! | |
風を灼いてほとばしる一筋の雷条。アデレードはかざした楯でこれを弾き、遅滞なく剣で応じた。 | ||
![]() | ||
ザハールさん! こんなの、やめさせてください! | ![]() | |
![]() | できぬな。この世界は力こそがすべて。己の意志を徹したくば、力を以ってするがいい。 | |
えいっ。 | ![]() | |
![]() | ごはっ。 | |
ザハールがよろけた。イニューが竜力で小さな鍼を形成し、彼の首筋に鋭く打ち込んだのだ。 | ||
どうです!? ここ、けっこういいツボですよ! さあ! さあさあ! | ![]() | |
![]() | ぐ、ぐりぐりはやめなさい、ぐりぐりは……! | |
嫌ならミネバさんを止め──、……!? | ![]() | |
手にした鍼が、ぴきりと凍った。ぶ厚い氷が鍼を伝い、イニューの右腕を這い上がっていく。 | ||
![]() | 竜力の弱点をたちどころに見抜く心眼は見事だが、相手を甘く見るべきではなかったな、娘子。 | |
くっ── | ![]() | |
歯噛みするイニュー。その様子に気づいて、アデレードは雷撃を防ぎながら声を上げた。 | ||
![]() 下がってろ、イニュー! おまえの関わるようなことじゃない! だって、このままじゃアディちゃんが! いいから言うことを聞け! やだ! アディちゃんだって、わたしの言うこと聞いてくれないじゃない! おまえが言うことを聞かないからだろ!! | ||
──ふと、上品な笑い声が戦場にこぼれた。 | ||
”雷鳴の竜魔”が、あでやかな唇に指を当て、こらえられるとばかりに微笑んでいた。 | ||
……戦いの最中で、なぜ笑う。 | ![]() | |
![]() | すみません。微笑ましくて、つい。 | |
![]() | それに、もう戦いは終わりですから。ね? ザハールさん。 | |
![]() | そうだな。ま、問題なかろう。 | |
![]() 言って、ザハールが竜面を取り外した。同時に、イニューを縛っていた氷が砕け散る。 | ||
竜人──だったんですか……。 | ![]() | |
![]() | 失敬。君たちの用件は、およそ察しがついていたが、いちおう試させてもらおうと思ってな。 | |
私の、力をか。 | ![]() | |
![]() | あなたの力と──それを、誰かと束ねられるかどうかを、です。 | |
アデレードとイニューを交互に見やり── | ||
ミネバは、にっこりと微笑んだ。 | ||
![]() | もちろん、文句なしに合格ですね。 | |
得意満面のイニューを横目に、アデレードは小さな嘆息をこぼした。 | ||
>> 虚空に棲まう魔神竜 |
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