天界の攻勢
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おや。どこかで見たことのある奴がいるじゃないか。 | ||
君のことを覚えていたのか、イザークは開口一番そう言った。 | ||
知り合いか? | ||
そんなところだ。どこで拾ってきた? | ||
どこかの世界からルシエラが拾ってきた。 | ||
はーい。拾ってきました。 | ||
なるほど、面白いことになってきたじゃないか。 | ||
勝手に面白がられても困るにゃ。 | ||
ウィズは呆れたように、尻尾を左右に振った。 | ||
冗談を言うな。厄介事ばかり増えている。 | ||
だとしたら、貴公の、これまでの行いが悪かったのだろう。 | ||
魔族としては、行いが悪いに越したことはない。それにしても……。 | ||
相変わらず集まりが悪いな。 | ||
元々、魔族はそういうものだろう。自分の欲望に忠実な者ばかりだ。 | ||
貴公らが少し変なのだよ。……状況を説明しよう。 | ||
イザークの話によると、アルドベリクの留守を狙って天界の軍団が攻めてきたらしい。 | ||
この国を、魔界侵攻の拠点にしようとしているのだ。 | ||
貴公が馬鹿正直に、異界の歪みの前でルシエラの帰りを待っていたからだな。 | ||
こいつがいつまで経っても、帰って来なかったからだ。一体何をしていた? | ||
アルドベリクはルシエラの首根っこを掴み、持ち上げてみせた。 | ||
えー? それは内緒です。知りたいですか? すごく知りたいですか? | ||
……知りたい。 | ||
でも内緒でーす。 | ||
頭が痛くなってきた。さっさとそれぞれの役割を決めようじゃないか。私は何をすればいい? | ||
そうだな。エストラ、貴公は援軍を呼んできてくれ。 | ||
迎撃は我々が行う。魔法使い、せっかくだからお前も手伝うか? | ||
断ったら、ただじゃおきませんよ。 | ||
笑顔でそういうこと言わないでほしい。と君は返した。 | ||
魔族と天使の喧嘩に関わることはないにゃ。 | ||
でもここにいて、巻き込まれないのは無理な話かもしれないにゃ。 | ||
降りかかる火の粉くらいは払うにゃ。 | ||
仕方ない、と君はウィズの言葉に同意した。 | ||
ふふ。それで十分だ。では行こうか。 | ||
魔界に降り立った天使たちの中に、燃えるような赤い髪をした少女がいた。 | ||
思ったより抵抗がありますね、マクシエル。 | ||
彼女の言葉を受けて、その傍らにいる痩身の天使は言った。 | ||
アルドベリクは不在だと聞いたのですが、この様子だと、もう戻っているようですね。 | ||
どうしましょうか? ここは一旦、兵を退いた方が良いかもしれません。 | ||
クリネア、何も慎重論だけがお前の取り柄ではあるまい。 | ||
もう征伐の軍のいくらかは、この地への降下を終えている。 | ||
アルドベリクが戻っているなら、奴を倒して、そのまま、この地を制圧するまでだ。 | ||
そうではないです、マクシエル様。我々の、当初の計画は崩れています。 | ||
この先、どんな予定外の事が起こるか……。 | ||
私もクリネアの意見に賛成です。このまま無理をすることもないでしょう。 | ||
マクシエルは、赤い髪の少女を一瞥した。 | ||
ミカエラ様、あなたは甘い。 | ||
そうでしょうね。退却です。これは命令です。 | ||
それだけ言い、ミカエラは踵を返した。 | ||
あ……。 | ||
……かしこまりました。 | ||
次の瞬間、空が破裂した。 | ||
降下途中だった天使たちの大半は制御を失い、哀れな滑空を行っていた。 | ||
どうやら、退却するわけにもいかなくなりましたな。 | ||
それなら、皆を無事に退却させるのが、我々の責任です。続きなさい。 | ||
は、はい。 | ||
いち早く、破裂した空へ向って、飛び立ったミカエラ。クリネアはすぐさまそれに続いた。 | ||
御意。 | ||
そして痩身の天使は、最後に続いた。 | ||
と、とんでもない威力にゃ……。 | ||
アルドベリクが造りだした、黒い魔力の塊が、天使たちの降下してくる空へ放たれた。 | ||
すると一瞬にして、押し寄せる天使たちは重力に捉えられて、地面に叩きつけられたのだ。 | ||
さっすが、アルさん! | ||
やれやれ、俺達の出番はなさそうだな。 | ||
さあ、仕上げにかかるぞ。 | ||
君は少し苦笑した。 | ||
まさか魔族と一緒に闘うとは……さすがに思わなかったからだ。 | ||
それでも、想像しているよりも、彼らは人間味のある人たちだ。 | ||
嫌な気持ちはまったくなかった。 | ||
(戦闘終了後) | ||
もはや周囲に、抵抗できる天使の兵は皆無だった。 | ||
残党は逃げるに任せて、深追いはしない。それがイザークたちの判断だった。 | ||
こんなものか。天界の軍も存外情けない。 | ||
イザーク。お前が言うと、妙に聞こえるな。 | ||
他意はないさ。 | ||
イザークも魔界で楽しくやってるみたいで安心したにゃ。 | ||
こんな状況で楽しそう、というのもおかしな話だな、と君は思った。 | ||
そこまでです! | ||
凛々しく透き通るような声と共に、燃えさかる炎の舌が、君の目の前に垂れ下がった。 | ||
炎の中から現れたのは、見覚えのある赤い髪の少女だった。 | ||
イザーク。 | ||
姉さん、兵を退くなら今だ。もうすぐ援軍も到着する。これ以上は無駄だ。 | ||
馬鹿げたことを言うな、イザーク。 | ||
ミカエラ様、言う通りにしましょう。無益な争いはやめるべきだと思います。 | ||
そうです。こっちには強い強いアルさんもいるんですよ。さっさと退いた方がいいです。 | ||
突然、一歩前に飛び出したルシエラは、翼を羽ばたかせながら、声高に言った。 | ||
さもないと、さすがのアルさんも怒っちゃいますよ。そもそもですね……。 | ||
むっ……。 | ||
ルシエラの翼がアルドベリクの顔を撫でた。 | ||
羽ばたかせるたびに、何度も何度も。 | ||
アルさんはですね。お人好しなところもありますが、根っからの魔族で、本当は怖いんですよ。 | ||
ずっと羽根が顔に当たっているにゃ。 | ||
む……。ルシエラ。 | ||
はい? なんですか? | ||
気づいてないかもしれないが、お前の羽が俺の顔に当たっている。 | ||
え? 気づいてましたよ。わざとですから。 | ||
なら、すぐにやめろ。 | ||
はーい! | ||
なんだ、あいつは……。 | ||
私たちと同じ……天使みたいですね。見覚えはないですが……。 | ||
他のふたりが不思議そうにルシエラを見ているのとは対照的に、 | ||
ミカエラは鋭い視線をルシエラに向けていた。 | ||
ルシエラ……。ルシエラ! こんなところにいたのですね。 | ||
イザーク。あなたがアルドベリクとルシエラを? | ||
ああ。そうだ。 | ||
残酷なことを……。 | ||
その言葉とともに、ミカエラは一歩、イザークの近くへと進みかかる。 | ||
ミカエラ様……これ以上は。マクシエル様。敵の援軍の気配も近いです。 | ||
退きましょう。私たちは敗れました。もうこの戦いは無意味です。 | ||
ふん。 | ||
つまらなそうに、鼻を鳴らすと、マクシエルは飛び立った。 | ||
ミカエラもクリネアも、それに続いた。そして天使の軍も続いた。 | ||
やがて魔界に降り立った天使たちは、皆いなくなってしまった。 | ||
イザーク。何の話だ。俺とルシエラに何がある。 | ||
そうだな……。 | ||
と、イザークはもうひとりの当事者たるルシエラの姿を探した。 | ||
だが、どこにもいなかった。 | ||
もしかすると天使たちについていったのかもな。あの魔法使いもついでに連れて行かれたか。 | ||
まったく……。 | ||
アルドベリクはそれを聞いて、すぐさま後を追いかけた。 | ||
残酷か……。姉さん、それは少し違うな。 |
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