〈死喰〉の焔
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![]() 〈死喰〉のイザヴェリ・ヘイズは飽いていた。 | ||
この死界には、人も神も関係なく、あらゆる死者の魂が送られてくる。 | ||
〈死喰〉とは、そんな死んだ者の魂を喰らうことを意味していた。 | ||
そして死界において〈死喰〉と呼んだ場合──それはイザヴェリ・ヘイズを指すことになる。 | ||
![]() | はぁ……。 | |
何百年と続く、変わらない日々。 | ||
喰らうことは好きだ。散歩も嫌いではないし、ヴィヴィという風変わりな同居人もいる。 | ||
![]() ヴィヴィ・ナイトメアは面白い。私を楽しませてくれる。 だが──。 だが、それだけだ。 あの子はいい。何よりも今にも壊れそうな儚さが美しい。 あんなにも"美しいもの"が、自分の手元にある……それはイザヴェリに、彩りを与えてくれた。 | ||
![]() | けれどダメ。それだけじゃ足りないわ。 | |
もっと多くの魂を喰らいたい。 | ||
心を強い潤いで満たしてほしい。 | ||
いつまでもいつまでも消えないこの欲が、イザヴェリ・ヘイズを苦しめ続けている。 | ||
渇くのは嫌だ。そんなの耐えられない。 | ||
私は満たされたい。苦しい思いはしたくない。 | ||
![]() | もっとほしい……もっと……。 | |
だから──。 | ||
![]() 温泉に行くわ。 | ||
イザヴェリはそう決意したのだ。 | ||
とある友人からもらったダークサンブラッドなるお菓子を食べながら、イザヴェリは予定を立てていた。 | ||
![]() | どうしようかしら。そもそも私、温泉なんて行ったことないわね。 | |
死界は、とにかく広い。 | ||
無数ともいえる魂が送られてくるのだから、それは当然のことだ。 | ||
ほとんどの場合、その魂はイザヴェリの元へ流れてくる。 | ||
だからイザヴェリはわざわざ遠くに出向かなくとも、死者の魂を喰らうことができた。 | ||
〈死喰〉を知らぬ者はこの死界にいないが、イザヴェリは外のことをあまり知らない。 | ||
知らない──というよりも、興味がない。目もくれようとしなかった。 | ||
![]() | ここ何年か、遠出した記憶がないわ……。 | |
死界には、魂だけがあるわけではない。 | ||
ごく普通に暮らしている者も存在しているのだ。 | ||
争いによって国を築いたり、奪われたり、それで命を落とす者もいるのだが……それも全て日常の一部である。 | ||
イザヴェリは、そういった面倒事に関与してこなかった。 | ||
やはり興味がなかったのだ。 | ||
![]() | 困ったわ……温泉ってそもそもどこにあるのかしら。 | |
![]() イザヴェリ、温泉に行くの? | ||
そうして悩んでいると、ヴィヴィがイザヴェリに問いかけてきた。 | ||
ヴィヴィ・ナイトメアは生きたまま、この死界にいる特殊な存在だ。 | ||
死を告げる、告死者の力を得て、イザヴェリと出会った。 | ||
その特殊性を除けば、至って"普通の少女"である。 | ||
![]() | ええ。行くしかないと思っているわ。 | |
そう。 | ![]() | |
ヴィヴィはそれだけを言って、そのまま立ち去ろうとする。 | ||
![]() | 待ちなさい、ヴィヴィ。あなた温泉って何か知っているかしら。 | |
知ってる。 | ![]() | |
![]() | 私、温泉の知識ってとてもあやふやで、何となくしか知らないのよ。 | |
そもそも温泉というのは、灼熱とも呼べる業火を熱源としている。 | ![]() | |
そして死んで数日経った死骸のような、とても歪な臭いを発している。 | ![]() | |
何よりすごいのは、怪我や病が治る。死者を蘇らせることもある。 | ![]() | |
![]() | なるほどね。だいたいわかったわ。要するに灼熱を探せばいいのね。簡単じゃない。 | |
偏った知識しか持っていなかったイザヴェリは、温泉の何たるかを知り、行きたいという気持ちがさらに強くなっていた。 | ||
やはり温泉だ。それしかない。私が今求めているのは、そうなんだ。 | ||
イザヴェリはそんな思いを胸に、早速支度に取りかかることにした。 | ||
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![]() | ハクアも誘ってあげればよかったわね。 | |
あの人はこないと思う。 | ![]() | |
![]() | あら。ああ見えて、付き合いはいいのよ。魔界に行くというから、お土産を頼んだら買ってきてくれたしね。 | |
……そう。 | ![]() | |
ヴィヴィは困ったような表情を浮かべた。 | ||
強烈な死の匂いをまとい、深い闇へと誘うあの怪物のどこが──とはさすがのヴィヴィも言えなかった。 | ||
ここ死界には、色々な住人がいる。 | ||
ヴィヴィなどの特殊な例を除けば、ほとんどが人ならざるものだ。 | ||
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![]() | しっかしわかえんねよなァ。姐さんもいきなり温泉だなんて。 | |
あなたも、温泉を知っているの? | ![]() | |
![]() | あっしは、温泉っつーので蘇ったクチでさァ。見てくだせェ、このボディ。ツヤツヤでしょう? | |
![]() | まァ、仲間にも温泉を教えたんですが、これがまた何ひとつ信じちゃくれねェ。 | |
![]() | それもそのはず。温泉っつーのはですよ、ヴィヴィさん──。 | |
![]() | 邪魔よ、どきなさい。 | |
![]() | ぎゃッ……。 | |
イザヴェリの飼い犬に蹴り飛ばされたソレは、壁にあたって砕け散った。 | ||
![]() | なにしてるのよ。あなたも準備しなさい。 | |
私も? | ![]() | |
![]() | 当然でしょ。ひとりで行くわけないじゃない。 | |
……いいけど。 | ![]() | |
……イザヴェリは、温泉なんて誰に聞いたの? | ![]() | |
![]() | ここからそう遠くない小国の王。彼が温泉というものがあると教えてくれたわ。 | |
……そう。余計なことを。 | ![]() | |
![]() | え? | |
ううん、なんでも。 | ![]() | |
イザヴェリは怪訝そうに眉根を寄せた。 | ||
ヴィヴィ自身にも、告死者という仕事があった。 | ||
遠出をするというのは結構なことだが、〈死喰〉の役目を放棄してまで向かう必要が果たしてあるのだろうか、という疑問が残る。 | ||
ヴィヴィは別段真面目というわけではないにしても、行くメリットがあるとも思えなかった。 | ||
![]() | いいのよ。告死者は、ひとりきりというわけではないのだから。 | |
……イザヴェリがいないと〈死喰〉がどうなるかわからない。 | ![]() | |
〈死喰〉がどうなるかわからない。死者の魂が彷徨うことになる。 | ||
![]() | 知ったことじゃないわね。 | |
![]() | 私は好きなときに好きなことをしているだけよ。それで死界がどうなろうが、関係ないわ。 | |
![]() 困った家主である。 ただその奔放さ、欲に忠実である様は、特別に輝いて見えた。 イザヴェリは、ヴィヴィには決してない──一筋の光のような、美しさを湛えている。 |
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