近くて遠い彼女を想う
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クロム・マグナ魔道学園の生徒会室で、イツキとリンカは書類とにらみ合いながら、
次の学内行事について話をしていた。
「リ……会長はどう思う? この部分なんだけどさ」
「……うん、悪くないと思う。予算的には問題ないのよね?」
「多分な。ニコラに聞かないと確定は出来ないけど、例年通りなら」
「そう、じゃあそのまま進めて。問題が出たら教えてね」
「ああ」
……ふと、会話が止まる。
互いに少し居心地の悪い空気を感じながら、二人は心の中でため息をついた。
少し前から、イツキはリンカのことを会長、と呼ぶようになっていた。
リンカの気持ちが自分に向いていないことを察し、
彼なりに気持ちにケリをつけるため彼女と距離を置こう、
と考えていたことが最大の理由だった。
そのせいで二人の会話が少しギクシャクしていることを、
イツキは薄々感付き始めていた。
とはいえ、この沈黙は居心地が悪い。
彼は少しおどけながらリンカに言う。
「……そういえばニコラに聞いたんだけどさ、
今度の予算だともう少し規模を大きくできそうなんだよ。それでさ、会長は──」
「ねえ、イツキ」
ふと、イツキの言葉を遮って、リンカは少し強い調子で彼の名前を呼んだ。
「……どうした?」
明らかにいつもと違う彼女の声色。
それを感じ取っていながら、イツキは平静を装いつつ、
少し間を置いて返事をした。
だが、そのほんのすこしの返事の遅れに、リンカは鋭く反応する。
「私、イツキに何かした?」
「別に、なにも──」
「何も無いこと無いでしょ。だって前は名前で呼んでくれてたじゃない」
その言葉に、イツキの胸はギュッと切なくなる。
自分でも名前の付けられない感情が渦巻き、一瞬で彼の頭は真っ白になった。
──いつも通り、いつも通りの笑顔を浮かべろ。
彼は自分にそう言い聞かせる。
だが……
「いいだろ、俺がなんて呼んだって……」
彼の浮かべたのは、乾いた笑い。
失敗した、と思った時には既に遅く、
次の瞬間にはリンカが大きな音を立てて椅子から立ち上がっていた。
「ど、どうしたんだよ……」
あくまでとぼけるイツキを一度睨んで、リンカはフッと目をそらす。
悲しそうに、つらそうに。
「──ちょっと、頭冷やしてくる」
彼女はそう言うと、カツカツと不機嫌に踵を鳴らしながら、生徒会室を出て行った。
イツキは、その背中を追いかけることが出来ない。
なぜなら、リンカのあんな表情を見たのは、初めてだったから。
──誰もいなくなった生徒会室で、イツキは大きな大きなため息をつく。
(……馬鹿だな、俺)
呼び方を変えた程度で、自分の気持ちが変わるワケがないのは、
わかりきっていたはずなのに。
その程度で変わる気持ちじゃないのは、自分が一番わかっていたはずなのに。
(でもどうすりゃいいんだよ、こんなの……わかんねえよ……)
息苦しさをぶつけるように、彼は机の上の書類を握りしめる。
どうすれば正しかったのか、何をすれば正解だったのか、
後ろ向きな気持ちが次から次へと湧いてきて、止まらない。
「イツキくん、あの……」
自分を呼ぶ声に、彼はハッと我に返る。
そこに立っていたのは、複雑な表情を浮かべたニコラだった。
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