海の家の男子
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生徒会の仕事を終えたイツキが寮の自室に帰ってくると。
弟のアキラが、金魚すくいにチャレンジしていた。
「…………なにやってんの、お前」
「おう、兄ちゃん」
なみなみと水をたたえた桶が、部屋の中央に置かれている。
そのなかで悠々と泳ぐ金魚を、アキラは真剣に凝視していた。
「見てのとおりよ。今のオレは、
『ゴルトフィッシュイェーガー アキラ』ってとこさ!」
「『金魚猟兵 アキラ』……」
一瞬『アリかも』と思ったが、やはりそんなことはなかった。
イツキとアキラは、ともに故郷の農村を出て
クロム・マグナ魔道学園に通っている身だ。
そのため、クロム・マグナの学生寮に寄宿し、相部屋で暮らしている。
これまでも、アキラが妙なものを持ち込んで
兄弟ゲンカに発展することはよくあったのだが──
「なあ、アキラ。おまえ、なんでこんなもん部屋に持ち込んだんだ」
「ほら、臨海学校のお誘いが来たじゃん?」
「ああ」
臨海学校──クロム・マグナ魔道学園で、新たに検討されている試みだ。
『己を鍛える』を題目として、
『みんなで海に行って新鮮な気分で勉強に打ち込む』行事である。
まず、一部の生徒たちに声をかけて試験的に実施し、
そこで出てきた意見をフィードバックして内容を調整。
最終的には全校生徒から参加者を募る形式となる。
この『一部の生徒』というのは、生徒会の面々をのぞくと、
学園祭で行われた『番長オブザ番長決定戦』で
優秀な成績を残した者がメインとなっている。
そのため、決定戦において多くの挑戦者を倒していたアキラにも
『お誘い』が来たというわけだ。
「で、それとこれと、どう関係あるわけ」
「せっかく己を鍛えに行くんだから、
オレも新しい修行法を考えなきゃいけねーと思ってさ」
アキラは、金魚すくいに使う道具──柄のついた枠に、
薄い紙を貼った『ポイ』と呼ばれるもの──を掲げ、不敵に笑った。
「それで思いついたのがこれだ! 金魚すくいを極めれば、
きっとオレのコテさばきに繊細さと優雅さが加わるぜ!」
「おまえが『繊細』とか『優雅』とか口にすること自体、
もうある種の冒涜だよなぁ……」
「『燃える炎の冒涜者 アキラ・マスグレイヴ』!」
「いくつ異名を持つ気だ」
あきれ気味に嘆息して──次の瞬間、イツキはぎょっとなった。
「……っっておい、よく見たら、床びしょびしょじゃないか!」
「いやー、つい熱中しちまってさー。兄ちゃん、この金魚ども、ただ者じゃねー。
さすが、『金』の名を冠するだけのことはあるぜ!」
「おまえがヘタクソなだけだろ! あーもー、ぞうきんどこだっけ、ぞうきん!」
あわてて、ぞうきんを取ってくるイツキ。
「まったく、ホントおまえはこういうトコ無頓着──」
「せやっ!」ばしゃあっ。
「なにナチュラルに続けてんだぁーーーーっ!!」
たちまち始まる取っ組み合いの大ゲンカを、
桶のなかの金魚たちが『やれやれ……』とばかりに見つめていた。
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