水着会計
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クロム・マグナ学生寮──
「ちょ、ちょっと、お姉ちゃん! どういうことぉ!?」
ニコラは、自分の部屋で大声を上げていた。
目の前のテーブルには、魔法陣の描かれた布。
その上に、掌に収まるくらいの大きさの、おぼろな人影が浮かんでいる。
これは、離れた場所にいる相手と話をするための魔法の道具なのだ。
『どういうことって、どういうこと?』
長い髪を揺らし、肩をすくめる人影に、
ニコラは噛みつかんばかりの勢いで叫ぶ。
「こ・れ・の・こ・とっ!!」
バッ、と取り出して見せたのは──華やかなデザインの水着だ。
『ああ、それ? よくできてるでしょー。今年の流行、最先端!
最新の魔法縫製技術も織り込んだ、あたしの超☆自信作!』
「なんで送ってきたのって聞いてるのー!」
『あんた、臨海学校に行くんでしょ?
夏じゃん。海じゃん。──水着じゃん!』
「遊びに行くんじゃないんだってば!」
『当然よ』
不意に、姉の声が真剣なものとなった。
『夏の海はまさに戦場!
いつもと一味違う水着姿をアピールするバトルフィールド!
……あ、送った水着は、あんたの身長体型肌色年齢雰囲気
あと童顔っぷりを考慮して、このウルトラデザイナーおねーさまが
超最適解にしといたから泣いて喜べ』
「ちょっ、お姉──」
『そうそう、それ試作品だから、着心地とかフィードバックちょうだいねー。
周囲の気温に合わせて自動的に身体を冷やしたり温めたりする魔法も
かかってるから、そこも感想くれるがいい』
「いや、だから──」
『どうせケチくさいあんたのことだから、
水着にお金かけないつもりだったでしょー?
それじゃあアピールが足りないっていうか、なんか無難な感じに落ち着いて
「あ、うん」みたいなノリになってそれっきり発展とかしないだろうから、
まあそれ着とけイエー』
「お姉ちゃん!」
『あ、クライアントが呼んでる。さらば妹、レッツ青春!』
言うだけ言って、人影は姿を消した。
「あ、あいかわらず勝手なことばっか……!」
残されたニコラは、なんとも言えない表情でわななくしかない。
……取り出したままの水着に視線を落とす。
「…………」
確かに、見事な出来栄えだ。
夏にふさわしい鮮やかな色合いに、華やかなデザイン。
けばけばしい派手さはなく、地味すぎもしない。
ほどよく目立つ、とでも言うべきか。
さらに──魔法服飾の専門家である姉のことだ、
ニコラが着たとき、魅力を最大限に引き出せるものを選んでくれたのだろう。
(これ、着たら……)
あの人は、どう思うだろうか。
想像しかけて──ニコラはあわてて頭を振った。
(あ、遊びに行くんじゃないんだから、なし! こういうのはなし!)
でも──三日目の夜は、ラフな格好で集まるって話だったし。
最新式の試作品の着心地を試してくれ、と姉に頼まれたわけだし。
そう。
これは仕方なく着るのだ。
姉の仕事を手伝うためなのだ。
……と、いう具合に大義名分ができてしまった。
これもまた、姉の計算通りなのだろう。
「うう……」
水着を手にしたまま、ニコラはうめきを上げる。
決意を固めるには、まだ時間がかかりそうだった。
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