マレーナ

「お待たせいたしました。死肉のロースト、絶望のソースがけになります」
　
死者達の集うホテルのレストラン、
『アンデッド』で働くウェイトレスのマレーナは今日も給仕にいそしんでいた。
看板ウェイトレスであるマレーナのおかげで店内は連日大盛況である。
　
「マレーナちゃん、今日も綺麗だね。どう？　今晩店が終わったら……」
「んー。今日はちょっとダメかな。考えとくから、またお店に来てね」
　
その妖艶な容姿に魅せられた客から想いを告げられることも珍しくない。
言い寄ってくる客のゴーストをこなれた感じで軽くあしらい、
マレーナはキッチンの中へと消えていく。

キッチンではレストランの料理長、モストロが鍋を振っている。
客のゴースト達からどれだけ言い寄られても、マレーナの心が動く事はない。

マレーナが恋する相手はこのモストロただ一人だからだ。

丸太の様に太い腕、炎を宿したような情熱的な瞳、
そして仄かに漂う死臭……モストロを構成する全ての要素がマレーナを魅了する。

好きでもない相手なら軽口も叩ける。
だけど本気の相手を前にすると、どうしても自分の想いを伝える事が出来ない。
働き始めてずいぶん経つが、まだ会話という会話をした記憶もない。

マレーナが働き始めてからというもの、
彼女目当ての客が爆発的に増え、店は連日超満員の忙しさなのだ。
キッチンと客のいるホールの行き来だけで終わってしまう毎日。
モストロも店が終わるとすぐに帰ってしまうし、ゆっくり話す時間なんてなかった。

でも、もうすぐ待ちに待ったハロウィンがやってくる。
その日、ゴースト達は皆人里へ出かけていき、人間を脅かすのに忙しい。
レストランを訪れる者などおらず、『アンデッド』も休業になる。

どうにかきっかけを作って、その貴重な休日をモストロと過ごしたい。
いっそのこと、あの大きな鍋で私を炒めてもらいたい。
ハロウィンが近づくにつれ、マレーナは妖艶な妄想を膨らませていく。

そんなある日。
閉店後のキッチンでモストロがマレーナを呼び止める。

「マレーナ。今度のハロウィン、ちょっと僕に付き合ってくれないかな？
　誰にも内緒でこっそりお店に来てくれよ」
　
外見とは裏腹な柔らかい口調でマレーナを誘うモストロ。
まさかモストロから誘ってくれるなんて。
刻まれちゃったらどうしよう、煮込まれちゃったらどうしよう。
マレーナの危険な妄想はさらに加速していく。

――そしてハロウィン当日。
期待に胸を膨らませて店へとやってきたマレーナの前に、
モストロは次から次へと料理を並べていく。

「これは毒イボイボガエルのコンソメ、こっちは蝙蝠とガラガラ蛇のシチュー……」
「うれしい。これ全部私の為に……」
「いや？　これ来月からの新メニュー。 さ、どんどん食べて感想を言ってくれ。
『美味しい』なんて感想はいらないぞ！　
　今日中に完成させないと明日から11月だからね」
「は、はい……」

その日、マレーナはとめどなく出される料理を食べながら思った。
モストロの恋人は料理だけなのだと。

そして自分もいつかは、こんな風に味付けされたい……
マレーナはそう心に決めた。

※話の最初に戻る