過去、決別と接近

 
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夜になると「木漏れ日の街」は様子が一変する。

天を覆う緑の葉に大量の蛍がとまり、比類なき輝きを放っていた。
家に明かりが灯ってるにゃ!
昼間は無人だと思っていたのに……住人がいたのだろうか?
驚く君たちにあの明かりは、人魂みたいなものだろうとロニールが教えてくれた。
まさか、妖精たちにやられた人たちの魂にゃ? ……怖いにゃ。
さっさと素材を見つけてここから出よう、という君の言葉にみんな賛同を示す。
これが、煌蛍というものなのでしょうか?
夜空を埋め尽くす青く白い蛍の光。
満天の星空を仰ぐよりも、圧倒的な光景だった。
そうなのかにゃ?
みんな一斉にロニールを振り返る。
マテリアル研究者であるロニールしか、煌蛍がどんなものかわからない。
残念ですが、これは単なる蛍です。煌蛍は、また別の昆虫です。
みんな、残念そうな顔をした。
貴重な素材が、こんなに沢山飛び回ってるわけないと思ったにゃ。
では、煌蛍はどこにあるんでしょうか? そろそろ、お姉さまのところに帰りたいです。
と、ナルナの香水で眠ってしまってからホームシック状態が続いているファムは涙ぐむ。
煌蛍とは、その名のとおり「煌めく蛍」です。この程度の輝きではないと本に書かれています。
本当にそう書かれているんですか?
もちろんです。国立図書館に置いてある本を疑うんですか?
あまり信じすぎるのも、どうかと思いますけどね──。
それよりも早く素材を取りに行くにゃ。先に行ったナルナたちは、もう見つけたかもにゃ。
君は、ウィズを肩に乗せて歩き出す。
静かな森に、無数の虫たちの鳴き声だけが響く。
確かにここは、人が気軽に足を踏み入れていい場所じゃないのかもしれない。

見つけた! きっとこれが、煌蛍だよ!

遠くから、ナルナの声が聞こえてきた。
さ、先を越されてしまったようですね。
そんなに落ち着いてる場合かにゃ? 先を急ぐにゃ!


君たちは、ナルナの声が聞こえた方角に急いだ。
しかし、彼女の姿を視界に捉える直前──。

エリーク! ナルナを離せ!

あれは、リグスの声にゃ!
エリークといえば、塩の湖で会った魔物ハンターを自称する男。
リグスと因縁がある様子だったが、まさかここまで追いかけてきたのか。
千の夜と億万の星々に誓う。リグス、俺は、貴様をもう一度、混沌に引きずりこんでやる。
は……離せよ!
駆けつけた君たちの眼に、羽交い絞めにされて人質に取られているナルナが目に入った。
エリークが持つ銃の口は、ナルナのこめかみに突きつけられている。
ナルナを巻き込むな! そいつは、俺の依頼主。俺たちの問題には、無関係だ!
対するリグスも、マテリアル弾が入った銃を持っている。
だが、銃を構えることはできなかった。
そんなことをすれば、エリークは迷わず引き金を引くだろうと君は思った。
いったい、ふたりの間にはなにがあったというにゃ?
傷が……うずくんだ。俺の家族を奪った憎い魔物の血が欲しい。断末魔の叫びが聞きたいと……。
エリークは傷のある顔を手で押えた。
この「暴虐の腕」で魔物を一匹残らずこの世界から駆逐する……。
澄んだ瞳がリグスを貫く。
そしたら、死んだ母さんや妹たちも、俺を許してくれると思うんだ……。
じゃないと……リグス、俺の心は漆黒に飲まれてしまうよ……。
魔物たちへの恩讐で、全身が燃え尽きそうだ。この苦しみ、お前なら癒やせるはずだ……。
なにを言ってるにゃ?
魔物に家族を奪われたのは可哀想です。でも、だからって無関係な人を巻き込むのは、ダメですよ!
黙れ! 傷を負ったことのないお前に、なにが分かる!?
銃口をナルナの頭部に押しつける。
ナルナは、目を閉じて恐怖を押し殺していた。
人を襲う魔物はいます。けど、どんな魔物とだって心を通わせることはできます。
フモーフたちが、ヤネットの背後で怯え震えていた。
尋常じゃないエリークの殺意を感じ取ったのだろう。
あわわ……ど、どうしましょう。魔法使いさん、こういう時、どうしたら……?
と言っても、君やファムにできることはない。
下手に手を出せば、さらなる危険を呼び込むだけだ。
君には、ファムを危険に晒さないように下がらせることしかできなかった。
ナルナを離せ。俺に恨みがあるのなら、俺に銃を向ければいいだろうが!?
恨み? 俺が尽きぬ憎悪を向けるのは、憎んでも憎みきれない魔物たちだけだ。
リグス、俺と共にもう一度、漆黒に埋没しよう。かつては、一緒に歩いた者同士だ──。
リグスは、もう貴方と歩きたくないのよ……。
黙れ! ハンターでもない奴が、俺とリグスの間に入ってくるな!
ほんの一瞬、エリークが視線を逸らした隙を突いて──
リグスは、目にもとまらぬ早さで引き金を引いていた。
マテリアル弾が、エリークに直撃する。
ぐっ……げほっ! げほっ! これは……マスタード弾か!?
俺はもう、命は奪わないことに決めた。魔物であろうと、人であろうとな……。
怯んだエリークの手から、ナルナは逃れようとする。
ごほっ、ごほっ! リ、リグス
咳き込みながら、ナルナは救いの手を伸ばす。
ナルナ、こっちだ!
リグスの隙を突いたマスタード弾での攻撃は、見事ナルナを助け出すことに成功した──。
かに思えた……。
くくくっ……無垢なる贄よ。簡単に俺の手から逃げられると思うな?
なぜだ? マスタード弾は命中したはずなのに。
リグス、お前の手の内は読めている。こんなこともあろうかと──。
前回お前にやられてから、マスタード、ペッパー、胡椒──、
目つぶしに使えそうな、あらゆる香辛料の耐性をつけるべく、そればかりを口にしていた。
おかげで、毎晩腹を下して地獄のような有様だったが、その対策が役立った……。
案外真面目なやつなんだにゃ……。
エリークは、再び銃をナルナに向ける。
この女が、お前の依頼主だと言ったな?
銃の引き金に指をかける。
つまり、この女がいなくなれば、過去のお前が戻ってくるということだ。そうだな?
やめろ! ナルナを離せ!
最早リグスの言葉に耳を傾けるつもりはないようだ。
ひ、人を撃っちゃ……ダメです!
ファム、どうするつもりにゃ!?
ファムが、君の制止を振り切って飛び出した。


決まってます! ナルナさんを助けるんです!

その直後、エリークナルナの身体の周囲にまばゆい光が生じた。
ええっ!? ま、まぶしいっ!?
な……なんだ、これは?
光が止む。
するといつの間にか、ナルナの身体は、エリークと距離の離れた場所に飛ばされていた。
なにが……起きたの?
みんなぽかんとしているが、君には分かった。
以前も見たことがある……ファムだけが使える特殊な魔法だ。
キミ、今がチャンスにゃ!
人質を失ったエリーク
取り押さえるのは、今しかない──!

(戦闘終了後)



ぐはっ。な……何者だ貴様? 「悲観を背負いし魔弾の復讐鬼」と呼ばれたこの俺を倒すとは。

何者でもないにゃ。強いて言うなら、通りすがりのただの魔道士にゃ。
た……ただの魔道士にやられて黙っていられるか!
ふらふらとした足取りながら、なおも向かってこようとするエリーク
リグスが、彼の前に立ちはだかる。
リグス、もうやめて!
止めるなナルナ。俺は、自分の手で過去と決別しなきゃならない。
銃にマテリアルの入った弾薬を込めながら、リグスエリークに接近する。
まさか、エリークにとどめを刺すつもりなのか? と君たちの表情に緊張が走る。
い、いけません!


エリーク、静かに眠れ!

ファムの言葉を無視して、リグスは引き金を引いた。
ぐはっ……! リグス、貴様本当に俺を撃つとは──。
銃弾を受けたエリークは、地面に倒れ込む。
う……撃ったの?
リグスは構えていた銃を、ゆっくりと下ろす。
ああ、撃った。ナルナの作った「昨夜二時間しか眠っていないような気分になる香水」をな。
え……ということは?
あ、まずい……眠くてたまらない。ちょっと仮眠を取らせてくれ。15分でい……ぐー。
眠らせただけなのね? うん、それでいいわ。さすが、私が見込んだマテリアルハンターね!
君は、世の中にはおかしな名前の香水があるもんだね、とウィズに言った。
そう言う切り札を持っているなら、もっと早く使って欲しかったにゃ!
切り札は、最後の最後まで取っておくものだ。それが自然界で生き延びる鉄則だ。
ウィズは、呆れたような表情を浮かべている。
リグスは、眠っているエリークを見下ろした。
こいつのことは、俺に任せてくれ。
わかったにゃ。
人を傷つけないと決めているリグスならば、うまく処置してくれるだろう。
その間に君は、ファムを気遣う。
先ほどナルナを助けるために使ったのは、とこしえの樹でも見せた、あの魔法だった。
私は、平気です。怪我はありません。
ナルナさんを助けなきゃと思って……無我夢中でした。
でも、おかげで私は助かったよ。
ファムリグスのおかげで、ナルナは怪我一つ負わずに済んだ。
これ、ファムにあげる。たすけてくれたお礼よ……。
これは……?
ナルナからファムに手渡されたそれは、真っ黒い小さな虫だった。
もしかして、これが奇跡の香水の素材になる「煌蛍」ですか?
なんだか、地味な虫にゃ。
普段はそうです。でも、ファムさん。その煌蛍に気持ちを込めてみてください。
気持ちを込める? どうすれば、いいのでしょう?
なんでもいいです。煌蛍に向かって、優しい言葉を投げかけるとか。
それじゃあ……虫さん虫さん。私はファムっていいます。初めまして。


すると、ファムの手の上にいた煌蛍が、徐々に輝きはじめる。

その光は段々広がって行き、やがて森全体を覆い尽くした。
うわあ、綺麗です!
これが、人の気持ちに反応して光る煌蛍です。本に書かれていたことは間違ってなかったです。
大事そうに本を抱き抱えて、ロニールはほっとした表情を見せる。
煌蛍の輝きに反応するように、ファムの鞄の中に入っている月輪花も目映い光を放つ。
どうやら、この素材たちはお互いに共鳴して光るようですね。
あとひとつですね! 残るひとつを見つけたら、天上岬に帰れます!
でも、残りのひとつはどこにあるのでしょう?
それが……。残念ながら、図書館にある本には書かれていませんでした。
やっぱり、本に頼りすぎるのは危険にゃ。
先ほどとは打って変わって、場の空気がどんよりと沈み込む。
……ということは、私はまだお姉さまに会えないのですね。
今にも泣きそうな顔をするファム
残るひとつは、「霊見草」という草ですが、目撃情報がまったくないんです。
もしかして、この世界にない植物なのかもしれませんね。
と、ロニールが口にした直後、ウィズがなにかに気づいた。
ん? キミのカバンから、光が漏れてるにゃ?
君は、慌てて自分のカバンを探る。
光を放っていたのは、クエス=アリアスで拾ったあの白い花を咲かせる植物だった。
煌蛍の輝きに反応してるにゃ……ってことは!?
どうやら、クエス=アリアスで拾ったこの草が、奇跡の香水を作る最後の素材みたいだ。
まさか、こんなことがあるなんて……。
でも、これでファム天上岬に帰ることができる。


魔法使いさん……あなたは、私の恩人です。感謝してもしきれません!



偶然も重なって、見事3つの素材を手に入れることができたファムと共に──
君たちは、天上岬に帰ってきた。


お帰りファム

ファムさま! お帰りなさいませ!

留守を守ってくれていたフェルチたちの暖かい出迎えを受ける。
ただいま戻りました……お、お姉さま!
こ、こらファム! いきなり抱きつかないの!
だって、お姉さまと会えなくて寂しかったんです!
まるで子どものようにフェルチの胸にしがみつくファムを見て──
ファムさまは相変わらずね。変わっていないといえば変わってないけど……ね、エテルネちゃん?
う、うん。
アネーロは、遠慮して引っ込んでいるエテルネの背中を押してあげる。
ここで遠慮してどうするのよ? ファムさまにお帰りなさいと言ってあげるんでしょ?
お、お母さま……。
エテルネちゃん、ただいま。しばらく見ないうちに大きくなったんじゃない?
まさか、お母さまが旅立ってから、そんなに日が経ってないです。
ふふっ、そうだったかな?
すっかり、打ち解けた親子になっている。
初々しい母子。その微笑ましい様子を眺めていたウィズが口を挟む。
ファム、素材が揃ったのだから、奇跡の香水の制作に入れるにゃ?
そうですよ。早く奇跡の香水を拝ませてください。そのために、ついてきたんですから!
まあまあ、急いだところで集めた素材は逃げませんから。
フェルチは、ファムの肩に手を置いた。
ファム、まだあなたのやるべきことは終わってないわ。
奇跡の香水を調合するんですね? でも、お姉さまは手伝ってくれないんですか?
ファムの言葉に、ゆっくりと首を振る。
これは、あなたがひとりでやらなきゃいけないことなの。理由は……香水ができたら分かるわ。
わ……わかりました!
真剣に語る姉の迫力に押されたように、ファムは勢いよく言葉を返す。
ファムさま、頑張ってください!
私にだって調香師の誇りがあります。絶対に最後までやり遂げてみせます!
ファム……ふふ、その意気よ。
フェルチは目を細めて、ひとまわり逞しくなった妹を見つめていた。


僕たちは、数々の苦難を乗り越えて見事「奇跡の香水」の材料を手に入れた。

調香師ファムは、天上岬にある自分の工房に戻ると、すぐさま香水の調合に取りかかった。

伝説の調香師フロリア──彼女が残したレシピを元に、奇跡の香水が再現される……。

この世に1つも存在しない香水が、完成するのを僕は、興奮を隠しつつ待ち望んだ。

……そして、調香師ファムが工房にこもって三日目の朝。ついに、奇跡の香水は完成した。



ファムは、香水の入った瓶を手にしている。
透明なガラスの中で、薄く色のついた奇跡の香水が輝いている。
凄いですファムさま。とうとう、完成させるなんて。
いったいどんな香りがするにゃ? 楽しみだにゃ。
ドキドキしてきた……。
奇跡の香水の完成を確かめたフェルチが、ファムに言う。
ファム、よく奇跡の香水を完成させたわね? これであなたは、私を超える調香師になったのよ。
そんな! お姉さまには、まだまだ追いつけません。
フェルチは、香水の入った瓶を持ったまま表情を変えなかった。
お姉さま?
姉の様子がおかしいことに気づいたファムは、首をかしげる。
ファム……。お母さまのことを覚えてる?
いえ……覚えてないです。どうして、突然そんな話を?
お母さまは、ファムが大きくなる前にこの世を去ってしまわれたわ。
でも、小さかったファムになにか残しておきたかった……。それがこの香水なの。
奇跡の香水の効果は知ってるわよね?
お姉さま……もしかして?
そうよ。これが、お母さまがあなたに残した唯一の贈り物。
あなたの中に眠っているお母さまと過ごした日々の記憶を、この香水で蘇らせてあげる──。
フェルチは、奇跡の香水をファムに優しく噴きかけた。
甘くて、暖かい……そして、どこか懐かしい感じのする香り……。
お……お姉さま?
そして、ファムの中に眠る母フロリアとの記憶が……。
ああ、おかあ……さま?
ファム……。


お母さま!

フェルチに抱きつくファム
お母さま……お母さまぁ、会いたかったです……。うううっ、ひっぐっ……ひっ。
周りで見ていた君たちには、なにが起きたのかわからない。
でも、きっとファムの頭の中には、蘇っていることだろう。
生まれてきてからの2年間……。
亡くなった母フロリアと過ごした2年間が……。
母に抱かれた記憶。
母に背負われ、天上岬を一緒に散歩した記憶。
初めて、「ママ」と言った時の記憶。
母やフェルチと共に、外の世界を旅した記憶。
いくつもの思い出が、星のように煌めきながら、ひとつひとつ新鮮な思い出として蘇る。
う……うあああああああああんっ……。
ファム……よかったわね? やっとお母さまと再会できたのね?
ファムはなにも答えなかった。
フェルチの胸にしがみついて泣いていた。
ただ……子どものように泣いていた。
不思議な香水にゃ……。
ウィズは、君の方を振り返る。そして唐突に頭を下げた。
キミ、あのときは、キミのご飯をつまみ食いして悪かったにゃ! このとおりにゃ!
どうやらウィズも奇跡の香水を吸い込んでしまったらしく……。
過去に封印したはずの記憶を蘇らせていた……。
ふと気がつくと、君の目だけに見えたあの女性が、ファムたち姉妹を見守るように傍に立っていた。
…………。
彼女は、一通りの経緯を見守ると──。
ふたりとも、元気でね。いつまでも、幸せに……。
それだけ言い残して、消えていった。
やっぱりあの人は……。
その予想は、きっと当たってるだろう。
でも、それを口にしても、ウィズに変な目で見られるだけだろうから……。
自分の胸の中だけに、しまっておくことにした。


突然、まぶしい光に包まれた君たち。
目を開くと、そこはクエス=アリアスだった。
どうやら、今回も無事にクエス=アリアスに帰ってこれたようにゃ。
まだ、異界から戻ってきた気がしない。
目を閉じると、すぐにでも優しい香水の香りが蘇りそうな気がした。
あ、そうそう。魔物退治の依頼をこなしたんだから、ちゃんとギルドに報告にいかないとにゃ。
ウィズを肩に乗せて、君は魔道士ギルドへと向かった。

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