もふもふの襲撃

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フロリアの願いは、神に届かなかった。
病は、あっという間にフロリアの全身に広がっていった。


ダメですね……。こんなんじゃ、あの人に顔向けできませんね。

病で、やせ衰えた自分の手を見つめながら、フロリアがうなだれる。
せめて、ふたりの娘が成長するまで──。
自分たちの力で生きていける時まで生きたかった。
まったく、自分が情けないです。……ごほっ、ごほっ!
幸い天上岬の住人は、いい人ばかりだ。
香水の素材も豊富に手に入る。
フェルチには、せめて……私が調香師として学んだことを伝えてからお別れしたい……。
フェルチ……こっちにおいで。
とはいえ、フェルチもようやく自分の足で歩くことができるようになったばかり。
調香師のこともよくわからないだろう。
お願いフェルチ。これから言うママの言葉を、絶対に忘れないで……。
ママが、調香師というお仕事を選んだ理由をいまから話します。
分かるところだけでいいです。
覚えていたところだけでも、将来、大きくなったらファムに教えて……。
フェルチは、大きな目をフロリアに向けていた。
わからないなりに、フロリアの言っていることを理解しようと努めている。
いいですか? 香りには、人の思い出や体験を閉じ込めておく効果があるのです。
その香りを、自分で作り出せる香水職人とは……とってもとっても、素敵なお仕事なんですよ。
こんな身体になってしまった私には、もう香水は作れないですけど……。
もし、ふたりのうちどちらかでも、香水職人として一人前になった暁には……。
フロリアの腕が、布団の上に力なく垂れた。
ごほっ、ごほっ……。私にできることは、香水のレシピを残しておくことだけ。
フェルチファム。私には、もうなにもしてあげられないけど……。
一度だけでも……「奇跡」が起きることを願っています。
娘を見つめていたフロリアの目が、何でもない場所を見つめた。
焦点が定まらない目には、フロリアが愛したあの人の姿が映っている。


ごめんなさい。貴方のことを、娘たちに伝えられなくて……。





確か、この近くにあるという話だったけど……。

シーラは、ロニールの著書に従って、天上岬のある場所までやってきた。
天上岬。天と地の間にある楽園。
調香師にとって、そこは素材に溢れた天国のような場所だった。
協会も、やっと天上岬に入る許可をくれるなんてね……。
シーラは、長い階段を登りながらぼやく。
天上岬は、調香師全員が等しく共有するべき財産であり、歴史的価値のある場所。
だからいまは、調香師たちによって作られた調香師協会の管理下に置かれている。
たとえシーラといえど、リリー姉妹やフロリアが残した痕跡にそう簡単に触れることはできない。
ただ観光に行くだけで、こんなに待たせるなんて……ふう、疲れた。ちょっと休憩しましょう。


モーフ! モフモフモフッ!

フモーフなの? 野生のフモーフなんて珍しいわね。
昔は、野生のフモーフが沢山いたそうだが、いまではペット用のフモーフばかりになった。
フモーフちゃん。こっちに来て、おやつあげるわよ?
ちょいちょいっと、フモーフを手招きする。
モフモフモフ!!
なぜかフモーフは興奮している。
このフモーフに呼応するように茂みの奥から、仲間たちが大量に現れた。
まさか、ここにフモーフの巣でもあったのかしら? でもどうして怒ってるの?
フモーフ! フモーフ!
なんだか、フモーフの様子がおかしい……。
な……なに? フモーフが、集まっていくわ。


フモフモフモーっ!?

集まったフモーフ──なんと、巨大なビッグフモーフへと変化した。
どういうこと!?
フモフモフモフモフモフモーっ!?
理由はわからないが、フモーフたちは怒っているみたいだ。
そうか。いまは、毛の生え替わりの時期だから……。
シーラは仕方なく身構えた。

(戦闘終了後)



モーフ! モーフ!

まだビッグフモーフの興奮状態は収まらない。
そういえば、フモーフは1年に一度、毛が生え替わると聞くわ……。
生え替わりの時、フモーフは全身の毛が一度に抜けて、自慢のモフモフ感が失われると聞く。
そんな姿を人間に見られてしまうのは、フモーフにとって屈辱的なことだ。
だからフモーフは、一塊の毛玉となって、生え替わり途中の仲間を隠すのだという。
わたくしの祖先は、フモーフのトレーナーだったと聞きます。
こんなところで負けてられません。
シーラは、自分で調香した香水を取り出した。
フモーフたちよ。怒りを鎮めたまえ!
まるで魔法を詠唱するように呟いてから、香水をビッグフモーフに噴射する。
モーフ? モフモフ~?
シーラの香水を浴びたビッグフモーフから力が抜けていく。
わたくしが調合した「思わず人生について深く考えてしまう香水」よ。どうかしら?
香水の効果は覿面だった。
1つに固まり、ビッグフモーフを構成していたフモーフは、1匹……また1匹と脱落し──


モーフ……モフモフモフモフ……。

大人しく茂みの奥へと引っ込んでいった。
ふう。なんとか危機は去ったみたい。
いざ天上岬へ。
シーラは、長い階段を見上げる。
遥か先に天上岬らしきものが見えるが、果たしてどれほど進めば、たどり着けるのかわからない。
フロリアが見つけ出し、リリー姉妹が生涯を過ごした調香師たちの聖地。
調香師であるものは、みんなあの天上岬に憧れる。
シーラもまた例外ではなかった。
暗くなる前にたどり着ければいいけど……。

シーラは、青い空を見上げてから、再び階段を上り始める。

あの天上岬では、ファムフェルチが豊かな自然に囲まれながら──

新作の香水の案を考えているかもしれない。

他にも沢山の調香師がいて、珍しい植物と綺麗な花に囲まれて過ごしている。

そんな夢のような場所に、わたくしも混ぜて貰うのよ。

そんな妄想を膨らませながら、シーラは子どものように目を輝かせていた。






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