植物学の権威
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困った。至極困った。
こんなに困ったのは初めてかもしれないというくらい困ったぞ。
「あのね、お父さんの話をよく聞いて欲しいんだけど、"とこしえの樹"の香りはね、
魔法的に合成したセスキテルペンアルコールの一種でエンデロールっていう
特殊な香料成分があってね、それは人工的に創ることが非常にむずかし──」
「そゆこと聞いてんじゃないの! 出来るか出来ないかを聞いてるの!」
「出来ないことはない、けどもね! その、生成するのがすごくむず……かし……」
私が言い淀んでいると、アネーロは私に向かって上目遣いでキラキラした視線を送ってくる。
「お父さんにしか頼めないの……!」
「んーー! う~~~ん!!」
その目はずるいよアネーロちゃん! 困った、超こまった!!
「ファムを、元気づけたいんです……お願いじまず、ベアード教授ぅぅああーーうーー!」
フェルチくん、急に泣き出すのびっくりするからやめて!
何があったかおじさんに説明して欲しいな!
「もおおぉーー! お父さんがグズグズするからフェルチさまがまた泣いちゃったでしょ!」
「教授はわるぐないのぉ、わだじが頼りないがらぁーー! うーー!」
「とりあえず二人共落ち着きなさい、ね!」
もおおぉ、しっちゃかめっちゃかだよ!
……十数分ののち、落ち着いたフェルチくんとアネーロから詳しい事情を聞いた私は、
とこしえの樹の香料を再現するのが非常に難しいこと、
そして仮にそれが成功したとして、完成までに最低でも2年以上かかること──
つまり、再現はほぼ不可能だということを慎重に言葉を選んで伝えた。
ただし、別の希望はある、ということを付け加えて。
「……お父さん、どういうこと? 再現できないのに、希望なんてあるわけ無いじゃない!」
「落ち着きなさいアネーロ。あれから──エテルネくんが消えてから、
君たちは"とこしえの樹"へ向かったかね?」
「……そういえば、行ってません。エテルネちゃんのこと、思い出すと、辛くて」
フェルチくんの言葉に、私はフムと一度頷く。そんなことだろうと思っていた。
「私はあれから何度も"とこしえの樹"へ足を運んでみた。
不思議なのだが、結界が復活していないのだよ」
「……! じゃあ、樹皮や葉は、まだ手に入るんですね!」
「そういうことになる。さあ、いくぞ二人共!
グズグズしているヒマは無いぞ、いつ結界が復活するかわからん」
「……はいっ!」
二人の返事を背中で聞き、いつかと同じように私は二人を連れてとこしえの樹へと歩を進める。
「ありがとうございます、教授。本当に……!」
「なに、気にすることではない。私の知識が人の役に立てば本望だよ」
私とてひとかどの植物学者だ。誰かに頼られれば、その知識をもって問題を解決する。
きっとその姿こそが、普段頼りない私が見せられる最高の背中なのだろう。
アネーロは今、私を少し誇らしげに見つめている。
……調香師という夢を見つけられて、よかったな、アネーロ。
植物の枝と同じように、いくらでも枝分かれしたその道から、
お前はひとつの枝を選び、花を咲かせようとしている。
頼りない父親だが、私はそれを何よりも楽しみに、嬉しく思っているよ。
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