戦艦ドックへ向え
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魔法使い殿。 | ||
船の清掃をしている最中、ふと呼び止められた。 | ||
しかし、いったいどこの誰なのか、君は思い出せない。 | ||
おいおい、忘れられちゃ困るぜ。俺は、ヴィラム。ヴィラム・オルゲン。 | ||
ドルキマス国シャルルリエ軍に所属する──ああ、大尉だ。元は整備班にいたんだが……。 | ||
整備の人が最前線に立たされるって、いったいどんな軍にゃ。 | ||
君はウィズが囁いた言葉を、そのまま口にした。 | ||
普通そんなことは起こりえないな。俺は……運がなかったのさ。 | ||
中将閣下の気まぐれってやつ。整備の人間が突然ここに配属になるなんて、聞いたことがない。 | ||
あっ、これ中将には秘密な。知れたら何されるかわかったもんじゃない。 | ||
中将……確かあの子にゃ。 | ||
君は頷く。少し……いや、すごく言葉の"キツイ"女の子だ。 | ||
おっと……噂をすれば……。 | ||
貴様、いまわたしを馬鹿にしていなかったか? | ||
足音を響かせながらやって来たクラリアが、君を見上げてそう言った。 | ||
何故答えない? それともなんだ? 貴様ら、口の利き方を忘れたのか? | ||
違うんですよ、中将閣下。俺はただ魔法使い殿に挨拶をしていただけで……。 | ||
ふん、どうだかな。 | ||
クラリアはつまらなそうに言って、君から目をそらした。 | ||
それで中将。俺らは、まずどこを攻めるんです? | ||
ふむ。 | ||
元帥閣下も人が悪い。俺らを"駒"にするのは結構だが、でもそれだけだ。 | ||
オルゲン大尉。 | ||
クラリアが声を荒げることなく、ヴィラムを手で制する。 | ||
我々はまず、船を取り戻しに行こうと思う。 | ||
船ならたくさんあるにゃ。 | ||
そのとおりだ、と君は頷き、クラリアに問いかける。 | ||
馬鹿者。この程度で"数がある"などと、言えるのか。 | ||
ここに魔道艇を運び込んだとき、君はずらりと並ぶ戦艦を見て言葉を失った。 | ||
紛れもない武力と壮観さにアレだけ驚いたのに、クラリアはまだ足りないという。 | ||
魔法使い殿、あんたは戦争ってのを知らないようだ。 | ||
そんなの普通は知らないにゃ。 | ||
戦艦など、我々が戦うため──いや、移動するための一手段に過ぎん。 | ||
そもそも〈イグノビリウム〉が持つ戦艦には、火器の類が一切きかないからな。 | ||
全く馬鹿げている、とクラリアは呟く。 | ||
だというのに、うちの船は奴らの一発で大打撃を受ける。 | ||
俺らの技術力、あるいは科学力じゃ防ぎきれないからな。 | ||
貴様の持つ魔道艇とやらがいったいどれほどのものかは知らん。 | ||
使えないものだとしたら切り捨てる。使えるのなら、"的"にでもなってもらう。 | ||
貴様、覚悟はできているな。 | ||
君はクラリアの問いかけを前に、思わず頷いてしまった。 | ||
ふん、よい返事だ。 | ||
キミ……勢いで答えちゃって大丈夫なのかにゃ……。 | ||
ああ、そうそう。それで俺らは戦艦のある場所を攻めるんだが── | ||
オルゲン大尉。今すぐ全員集めろ。その作戦をこれから説明する。 | ||
作戦は簡単だ。我々が所持していたドックを奪い返す。これだけだ。 | ||
まっすぐ進み、まっすぐ落とせ。容易だろう? | ||
そんな適当な作戦……あるのかにゃ……。 | ||
クラリアの言葉を聞いて昂ぶる兵たちが、高らかに叫びだす。 | ||
君は首を傾げた。 | ||
まっすぐ進めばいいのであれば単純でいいけれど……。 | ||
〈イグノビリウム〉の戦力を前にしてみればわかる。アレを正面から潰すのは、無理だ。 | ||
ま、中将は見ての通り、"ああいう人"だし、うちの連中も"こういう奴ら"ばかりだ。 | ||
ヴィラムが小声で耳打ちしてくれる。 | ||
確かに、と君は思った。 | ||
クラリアの部下らしい人たちは皆、どこか感情が突き抜けてしまっているような、 | ||
そんな言葉にしづらい印象を受けた。 | ||
中将が中将たる所以ってところだ。 | ||
中将たる所以……君にはそれがわからない。 | ||
ただなんとなく、ここの兵たちのように、鼓舞されたような…… | ||
"熱さ"を感じてしまった。 | ||
キミ、流されちゃダメにゃ。ローヴィの話を聞いてなかったのかにゃ? | ||
君は、はたと思い出す。 | ||
銃撃や兵器の類が一切きかない戦艦を持つ〈イグノビリウム〉……。 | ||
そんなものを相手に、真正面からぶつかるだなんて、"狂気の沙汰"だ。 | ||
まあ……何とかするさ。 | ||
君の不安を掻き消すように、ヴィラムが声を発する。 | ||
おい、貴様ら! 私語は慎め! | ||
あー、中将閣下。少しいいですか。 | ||
ん? なんだ? | ||
正面から攻めたいってのは、理解できますがね。 | ||
奴らは俺らのように思考することはないが、向かってきた連中を叩くことぐらいはできる。 | ||
む。 | ||
しかしだからといって、背後に隙があるとは思えん。 | ||
どんな技術か、どんな力か、向かってくる者を遥か遠くから察知し迎撃するだろう、アレらは。 | ||
ええ、だから……魔道艇を使うんです。 | ||
にゃ!? | ||
話してみろ。 | ||
君とウィズの驚きをよそに、クラリアは至って冷静に続きを促す。 | ||
元帥閣下は"ああ言っていましたが"実際、この魔道艇がどれほど使えるものなのかわからない。 | ||
……ふむ。なるほど。 | ||
つまりこれが使えないなら即時撤退、使えるなら囮にして、敵を背後から殴ると言いたいんだな? | ||
何もそこまでは言いませんが、仮に使えるものなら、優位に戦いを進められる可能性がある。 | ||
き、キミ……なんだかまずいことになってきたにゃ。 | ||
君は彼らの話に口を挟もうとするが──。 | ||
おい貴様。作戦変更だ。 | ||
魔道艇に3隻、我々の戦艦をつける。何があっても生きて戻れ。 | ||
……自分たちを囮にするのでは? と君は問いかける。 | ||
馬鹿か、貴様。使えるかどうかもわからないんだぞ。 | ||
見極めた上で、ベルク元帥に報告しなければならない。囮などという冗談を真に受けるな。 | ||
とにかく魔道艇が使えようが使えまいが、我々が死んでも護り抜く。 | ||
いいか、貴様が最優先するべきは、生きて戻ること。そして魔道艇を傷つけないことだ。 | ||
君とウィズは、ぽかんと口を開いたままクラリアを見つめる。 | ||
返事は? | ||
君は慌てて、はい! と返答する。 | ||
クラリアは満足気に頷き、身を翻した。 | ||
作戦は明後日。それまで各人待機だ。 |
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