常闇の天上蝶
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……困ったことになった。
積年の恨みの相手が、まさか我を守っていたとは。
「私も知らなかった。"とこしえの樹"が生まれ変わって、樹の記憶が流れ込んでくるまで。
あなたが樹の力を抑えていてくれたことも」
一面の闇が広がる世界の中心で、"とこしえの樹"の姫君……エテルネは苦笑しながらつぶやく。
それに対し、我も穏やかな言葉でこう返した。もう、互いに敵意は微塵も抱いていない。
「我々は……ただ、知らなすぎたのだ。お互いのことを」
闇は、光に弱い。それは当然のことだ。だから、"とこしえの樹"は我々の棲むこの世界……
夜を、その花の蕾に隠し、今まで守ってきた。
とこしえの樹が生え変わる時、樹は今まで貯めこんできた魔力と力を全て使い、花を咲かす。
その時、我がつかの間外へ出られるように、解き放たれた"夜"を支え……朝焼けと共に新しい命を咲かせる。
それが、真の"とこしえの樹"が持つサイクルだったのだ。
「しかし、良いのかエテルネ。お前はもう、戻れないのだぞ」
「……ううん、いいの。お別れはもう、済んでるから」
あの時、エテルネはその身を一本の花枝に変えたのではなかった。
彼女は我と一緒に、この"夜"という閉じた世界へと来るために……
ただただ、この真実を伝えるためだけに、天上岬と決別したのだ。
定命のうちに、二度と戻れないと知りながら。
「知らなかった。あなたが大きくなりすぎる"とこしえの樹"の力を吸い上げて、
ずっと、ここで受け止めてくれていたなんて」
「我はただ生きるために必死だっただけだ。それは意図したことでは……」
「でも、あなたが居てくれたお陰で、天上岬は保たれているのよ。平和で、美しい形に」
そこまでいうと、彼女は苦笑した顔のまま、ボロボロと大粒の涙をこぼし始めた。
「本当に長い間……長い、あまりにも長い間、あなたを閉じ込めていて、ごめんなさい……!」
泣き声混じりの声で、エテルネは我にすがりつきながら言う。
「ごめんなさい、ごめんなさい……!」
……困ったな。我以外の生き物など、触れるのは初めてだ。
我は、彼女の髪を、指先でそっと撫でてやる。
あまりに小さなその体を、傷つけないように、壊さないように。
「……いいのだ、お前が気に病むことではない。もう、過ぎたことなのだから」
「でも……それでも、私はあなたに謝りたい。過ぎたことかもしれないけれど……
積み重ねた時間が、あなたと私を作っているんだから」
……なんという慈愛の心だろうか。我はそれに気づかず、ただ恨みを重ねていたのか。
物言わぬ"とこしえの樹"が、エテルネという存在を生み出そうと考えるほどに……!!
……しかし、だからこそ我はやはり"とこしえの樹"を許すわけにはいかない。
確かに言葉でしか伝わらないことはある。
だが、ただの言葉を伝えるためだけに、樹がエテルネを産んだとしたならば……
それはあまりにも、むごいではないか……!
「……お前に感謝しなくてはな」
我はそっと、エテルネをきしむ手で包み込む。
「ファラフォリア? 何を……!」
言葉を紡ごうとするエテルネを、手の中に閉じ込め、我は"夜"の魔力を込める。
すぐに声は掻き消え、エテルネは小さなタネへと姿を変えた。
「……このことは忘れん。"とこしえの樹"の姫に、最高の祝福を」
改めて言おう。我が名は"常闇の樹"ファラフォリア。
とこしえの樹の仇敵にして、唯一の天敵。
貴様の思い通りの運命など、一切認めてたまるものか。
役目を終えたエテルネが、ここで枯れることなど、容認してたまるものか!
我が産む、"とこしえの樹"──エテルネから作りし一粒のタネよ。
夜を越え、光の下へ向かうがいい。
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