左眼の記憶
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カンナブルという街がある。 | ||
![]() その街を見下ろす小高い丘の上にある墓地に、ルドヴィカの姿があった。 | ||
そこはかつて、リヴェータの一族が領主として治めていた街であり── | ||
ルドヴィカによって一度は焼き払われた街だ。 | ||
![]() | おじさん……。お嬢さんがとうとう煌眼に目覚めました。 | |
ルドヴィカはかすかに微笑みを浮かべ、墓に花束を供えた。 | ||
その墓石には「イレ家」の文字が刻まれている。 | ||
リヴェータが煌眼に目覚めたのは、ダリク砦の戦いの最中だった。 | ||
ちょうど、黒猫を連れた不思議な魔法使いが、ハーツ・オブ・クイーンに加わっていた時の | ||
ハーツ・オブ・クイーンに加わっていた時のことだ。 | ||
ルドヴィカは芝生の上に腰をおろし、懐から古い手帳を取り出した。 | ||
それは彼女がカンナブルでつけていた日記だった。 | ||
カンナブルの街並みを眺めてから、ルドヴィカはその日記を読み返す。 | ||
「凛眼」によって失われた感情は、もう蘇ることはないだろう。 | ||
しかし、そこに記された記憶はまだ、彼女の中に残っている。 | ||
ルドヴィカの一族、ロア家は代々、領主であるイレ家の侍衛を務めてきた。 | ||
しかし、そのような身分の隔たりは、ルドヴィカとリヴェータの間には存在しなかった。 | ||
ルドヴィカは、おてんばな妹を優しく諌める姉であり、リヴェータは、そんな姉に頼りっきりの妹だった。 | ||
日記を読むルドヴィカの脳裏に蘇るのは、厳しい軍服姿のリヴェータではない。 | ||
いつも綺麗な服を着て、パーティーの中心で笑っていたリヴェータだった。 | ||
![]() | またいつか、あんな風に笑うリヴェータに会えるときが訪れるのだろうか? | |
ルドヴィカはそんなことを考えて、ふと我に返る。 | ||
![]() | 私はもう、笑えないかもしれないな。 | |
日記を読み進めていくルドヴィカ。 | ||
![]() ふたりが互いの身分の違いを理解するようになった日を境に、楽しい日々の記録に暗い陰が差し始める。 その日、リヴェータの父親は唐突に、領民たちに徴兵を強いることを宣言したのだ。 彼はそれまでも温厚で優しい領主とは決して呼べない男であった。 しかし、それでも領民たちは自分の仕事に見合うだけの税を納めてさえいれば、自由な生活を楽しむことはできた。 突然の徴兵は、領民たちからそんな生活をも奪ったのだ。 男たちは兵士としてイレ家に集められ、領民の心はイレ家から離れていった。 リヴェータの父はまだ十分に鍛えられていない兵たちを連れ、次々と周りの領地へと攻め入った。 働き手を失った領民の苦しみが、聞き入れられることはなかった。 リヴェータの友達であった領民の子供たちも、次々と彼女から離れていった。 | ||
![]() | リヴェータを泣かせたくない……か。 | |
彼女の日記は、そんな言葉で終わっていた。 | ||
それは私の誕生日の朝だった。 | ||
鏡の前に腰を掛け、髪に櫛を通している時、私の左眼が、青く光った。 | ||
それが「凛眼」の光だと気づいたのは、私の心から一切のぬくもりが消えたあとだった。 | ||
つくづく間抜けな話だ。 | ||
「凛眼」の力を身を以って知った私に、父は「覇眼」について話してくれた。 | ||
リヴェータの父が、誰よりも強い「覇眼」の力を持っていることを──。 | ||
その覇眼は「煌眼」と呼ばれ、人の心に闘志を芽生えさせる力を持っていた。 | ||
そしてそれは、かつて、無敵と謳われていた伝説の騎士団、グラン・ファランクスを討った力だった。 | ||
以来、覇眼を持つ家系は辺境の地であったカンナブルへ移され、その力を隠して生活する様になった。 | ||
リヴェータの父は、覇眼の使用を禁止する密約を破り、父に向けてその力を使ったのだ。 | ||
ロア家の「凛眼」は、相手に「氷の感情」を叩き込み、一切の無駄な感情を排すことが出来るものだった。 | ||
リヴェータの父はそれを利用し、最強の私設軍を作ろうとしていたのだ。 | ||
なぜ人に闘志を与える「煌眼」で、父を操ることが出来たのか? | ||
その時の私が、そんな疑問を抱くことが出来ていれば、後に続く悲劇を避けることが出来たかもしれない。 | ||
しかし、話を終えた父の、私に言ったあのひと言が、私の理性を完全に奪い去った。 | ||
「これでお前もイレ家のお役に立てるんだ」 | ||
そう嬉々とした表情で言い放つ父からは、強い闇の気配と死の匂いが立ち上っていた。 | ||
いくら「凛眼」で心を失っていても、何が正しくて、何が間違っているかの判断は出来る。 | ||
リヴェータの父も、私の父も、間違っている。 | ||
だから私はそれを止めることにした。 | ||
分厚い鎧を纏って、大きな剣を取って、戦うことを決意した。 | ||
自分の父とリヴェータの父を討つ決意を──。 | ||
そして私はまず──自らの父親を討って捨てた。 | ||
覇眼は闇を引き寄せる────。 | ||
それが父の最期の言葉だった。 | ||
私の腕の中で、ようやく正気を取り戻した、父の最期の言葉だった。 | ||
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![]() | ルドヴィカ! こっちは片付いた! あとはイレ家を落とすだけだ! | |
亡き父の骸を抱えていた私は、そんな彼の声で我に返った。 | ||
![]() | わかった。他に我々の側につくものは? | |
俺も仲間になろう。お前の覇眼に賭けてみたくなった。 | ![]() | |
![]() | 外を見てみろ! 俺やヤーボだけじゃない! 多くの仲間が、お前の後ろに付いている! | |
見ると、まだ覇眼に毒されていない領民たちが、私の後に続いていた。 | ||
![]() | ありがたい。一気に落とすぞ! | |
彼らが共に立ってくれなければ、あの武装蜂起は成功しなかっただろう。 | ||
そして我々は、イレ家の周囲を包囲した。 | ||
![]() 火を放て! 我々は圧政に屈しない! 焼き尽くせ! この地に立ち込める闇の気配を──この街に漂う死の匂いを──! | ||
人々は勇んでリヴェータの住む家へ火を放った。 | ||
家が完全に焼け落ちるまで、リヴェータの父が表へ出てくることはなかった。 | ||
そして私は── | ||
ルドヴィカァァァァァ! どうして父様を殺した!? どうして私たちを裏切った!? | ||
瓦礫の山と化したイレ家の地下室から、父親を抱いたリヴェータを見つけた。 | ||
親としての本能がそうさせたのだろう。 | ||
リヴェータの父親は、娘を地下室に匿った後、そのまま入り口で息絶えていたようだった。 | ||
彼の骸からは、闇の気配も、死の匂いも感じることはなかった。 | ||
そこにあるのはただ、娘を守り抜いたひとりの父の骸だった。 | ||
その時初めて、私の中にある疑問が浮かんできた。 | ||
一連の騒動は、リヴェータの父がひとりで画策したのだろうか? | ||
父も、彼も、誰かに操られていたのではないだろうか? | ||
リヴェータの父の最期は、私にそう思わせる程、娘を想う慈愛の念に満ちていた。 | ||
リヴェータの父もまた、別の覇眼に操られていたのだとしたら── | ||
私は取り返しのつかない過ちを犯してしまったことになる。 | ||
![]() リヴェータを泣かせたくない……。 | ||
墓地のある丘の上からカンナブルを見下ろして、ルドヴィカはそう呟いた。 |
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