ロレッタ

さざなみ揺らめく夏の海に、ぷかり、と少女が浮かんでいる。
自力で浮かんでいる——のではない。
少女は、空気をいっぱいに詰め込んだ、うきわに乗っている。

カナヅチなのだ。
実は泳げないのだ。

もっとも、少女にそれを気にした様子はない。

「はふ……♪」

日差しに肌を焼かれながら、恍惚と吐息をもらしている。
日々の重圧から解放され、完全にくつろぐ彼女を、誰が責められるだろう。

予知の力を持たぬ以上、わかるはずもないのだ。
まさか、数秒後に大波が来て、うきわから転げ落ちることになるなどとは。

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	昨夜から降り出した雪で、ラリドンの森は一面の銀世界だった。
	君は慣れない雪道を歩くのに苦戦している。
	一方ウィズはと言えば……。
にゃはははは！
	雪の中をぴょんぴょんと元気に走り回っている。
	見るにゃ！　転んでもぜーんぜん痛くないにゃー！
	体を冷やすと風邪をひくと君は忠告するが、ウィズは全く聞く耳を持たない。
	浮かれているウィズに、君はこの村に来た目的をもう一度説明する。
	その話は何度も聞いたにゃ。ロレッタから遊びにおいでって誘いがきたにゃ。
	だから先を急がないと……その言葉も全くウィズに届いていないらしい。
	そんなに急がなくても大丈夫にゃ……のんびり楽しんで行こうにゃ。
	こんなふわふわの雪を歩けるなんて、ここでないと味わえないにゃ！
	それにしても、どうして急にロレッタは遊びに来いなどと言ってきたのだろう？
	ロレッタから届いた招待状をもう一度見返した君は、ウィズに正直な疑問を投げかけてみる。
	ホームパーティーをやるんじゃないかにゃ？
	なるほどパーティーか！　君は、テーブルに並んだ豪勢な食事を思い描いてみる。
	なにニヤついてるにゃ？
	いや、何でもない……。
	君は雪深い道を足早に歩いていく──先ほどまでのゆっくりしたペースが嘘のように。
	汗だくになりながら、君はやっとのことでラリドンの魔道士ギルドへたどり着く。
	新雪にゃ！？
	誰にも踏み荒らされていない雪へ飛び込んでいくウィズの体力に君は感服するしかない。
	すると君はどこからか女性の声がするのに気付いた。
	……魔法使い、さん……？
	あの声は？　この村のギルドマスターのロレッタ！
	しかし声は聴こえるが姿は見えない。キョロキョロと辺りを見回す君。
	ここ……上……。
	上？　見上げると、そこには巨大な『モミの木』があり──。
	ランプや鈴、お菓子など、さまざまなオーナメントが飾られている。
	その中に、ロレッタの姿はあった。まるで装飾品の一部であるかのように。
	いま……下りてく……。
	ロレッタは縄梯子をぎこちない足取りで下りてくる。
	なんだか危なっかしいにゃ……。
	きゃ！
	そう言ったそばからロレッタは足を踏み外してしまう。
	幸運にも落ちたのは新雪の上だった。
	君の差し出した手を引いて立ち上がったロレッタは、雪を払いながら頭を下げる。
	今日は……急な誘いで……ごめんなさい……。
	とんでもないと君は言う。
	それより、もの凄く大きなツリーだにゃ！
	大きいから……飾りつけも、大変……でも、喜んでもらおうと……思って……。
	あと……それを……飾ったら……完成。
	そう言ってロレッタが手にしたもの。それは『ウィズの形をした雪だるま』だった。
	にゃにゃ！　そ、そっくりにゃ！
	これを……天辺に付ければ……あるものの……効果が……増すの。
	あるものの効果？　何にゃそれは？
	まだ……内緒……。
	いま……載せてくるから……もう少し……待ってて……。
	あ、ちょっと待つにゃ！
	ウィズの大声にロレッタは動きを止める。
	もうちょっとその雪だるまをそばでみさせてほしいにゃ。
	相当気に入ったのか、ウィズは急なお願いを申し出る。
	ちょっとだけなら……いいけど。
	ロレッタの挙動に君はちょっとした不自然さを感じる。
	やったにゃ！
	ウィズは、自分そっくりな白いウィズをまじまじと見つめはじめる。
	鏡を見てるみたいにゃ。
	間近で眺めるウィズの顔は、雪だるまを融かすのではないかというほどに近い。
	その時、君はウィズの鼻がモゾモゾと動くのを見逃さなかった。
	は、は……ハックション！！
	君はなにが起こったのか解らない。ただロレッタの顔に雪が吹きかかっている。
	う……うう……。
	しかし彼女は雪が冷たくて涙顔になっているのではなかった。
	ウィズのくしゃみが、『ウィズだるま』の体を豪快に吹き飛ばしていたのだ。
	にゃにゃ！　……も、申し訳ないにゃ……。
	……う、嘘……。
	ウィズと君は謝罪の言葉さえ見つからずに困惑してしまう。
	ひどい！　徹夜して……準備……したのに！
	そこには顔を真っ赤にして怒るロレッタの姿があった。
	ま、マズイにゃ！　どうしようにゃ……。
	落ち着かせようと歩み寄る君とウィズ。
	──すると怒りで我を忘れたロレッタが、まさかの攻撃に出てきた。
	ほ、本気みたいにゃ！？　……落ち着くにゃロレッタ！
	混乱する君は愕然となりながらも迫りくるロレッタに対し身構えた。
	（戦闘終了後）
	暴れ疲れたのか、しばらくしてもロレッタはぐったりとしている。
	心配になった君はロレッタの元へ行き謝罪する。
	するとロレッタは目を開いて呟いた。
	わ、わたし……何て事……。
	驚いたにゃ、急に豹変するんだからにゃ。
	悪いのはウィズの方だと君はたしなめる。
	いえ……謝るのは……わたしの、ほう……。
	徹夜して作ったものを壊したんだから悪いのはこっちにゃ。悪かったにゃ。
	そうじゃないの……。
	それだけ言ってロレッタは口をつぐんでしまう。
	他に理由があるのかにゃ？
	それは……。
	ロレッタの視線を追う。するとそこには壊れた『ウィズだるま』の無残な姿がある。
	ホントに申し訳ないにゃ……。
	すると君は、『ウィズだるま』の中に何かがあることに気付き、手を伸ばす。
	あっ……！
	ロレッタが君の手から奪い取ろうとしたもの。それはリボンの付いた二つの包みだった。
	こ、これはなんにゃ？
	……帰るときに……渡そうと……思ってた……。
	怒ったのはこれが理由だったのかにゃ？
	手作りなの……。
	包みの中にはお守りが入っている。
	＜深層＞の木々から採った……『聖葉』が入れてある……。
	……常緑樹で、棘があって……この髪に、差してあるのがそう……。
	村では……『戦いのとき、身を守る』……そういう……言い伝えがあるの……。
	それをプレゼントしてくれるために、私たちを呼んだにゃ？
	二人に……お礼してなかったから……お世話に、なってるのに……。
	さっき『ウィズだるま』を天辺に付けようとしていた理由に君は気付く。
	あるものの効果が増す、ってこれのことだったにゃ！？
	そんなに思っててくれてたにゃ！？
	突然、膝を付いた君は、足元の雪をかき集めだす。
	どうしたにゃ急に？
	君が作り出したのは雪だるまだった。
	もう一度『ウィズだるま』を作ってロレッタの気持ちに応えよう、と君は言う。
	そうだにゃ！　でも一人だけいい格好はさせないにゃ！
	涙を浮かべるロレッタもその輪に加わる。
	……作るの……結構……コツがいるから……。
	いつの間にか本降りになりはじめた雪。その中に『ウィズだるま』を作る三人の姿があった。

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	ギルドより、新人魔道士を迎え入れる式典に招待された君は、中央本部へと来ていた。
	ギルドに入った新人、それを歓迎する先輩たちなど、多くの人々が式典に参加していた。
	にゃはは、あの新人たちを見ていると、出会った頃のキミを思い出すにゃ。
	ウィズと雑談しながら、会場を散策していると……。
	にゃ？　あの柱の影にいるのは──。
うう……。
	そこには、人目を避けるように隠れるロレッタの姿が……。
	……なんか気になるにゃ。キミ、ちょっと声をかけてみるにゃ。
	君は頷くと、ロレッタに近づき、挨拶をする。
	あ……あなた、だった……のね。し、知らない人だったら……どうしようか……と……。
	なにやら怯えた様子のロレッタに、君はなぜ隠れているのか聞いてみた。
	その……私……こういう……人の多い場所は……慣れてなくて……。
	でも……私は……ギルドマスター……だから……式典に参加……しないと……。
	うう……でもやっぱり……人前は……。
	相反する思いに板挟みになり、頭を抱えるロレッタ。
	……なんだか可哀そうになってきたにゃ。ちょっと手助けしてあげたらどうかにゃ？
	そうだね、と頷き、君はロレッタに、自分と一緒に式典を見て回ろうと提案する。
	……ありがとう……知ってる人と一緒なら……安心……かも……。
	まかせておいて、と君は言って、柱の陰からロレッタを連れだそうとするが……。
	……うう。
	しかしロレッタは、会場にひしめく人の群れを前にして、激しく動揺する。
	や、やっぱり私……人混みは……。
	（……これは前途多難にゃ）
	君は、ロレッタの手を引き、彼女と共に会場内を歩きはじめた。
	うう……うう……。
	礼服に身を包んだギルドマスターの姿に、人々の注目は否が応でも集まる。
	その視線に必死に堪えようとしたロレッタであったが……。
	も……もう……だめ……！
	ロレッタは、君から手を離すと、一目散にその場から逃げ出した！
	にゃにゃ！？　一体どうしたにゃ？
	君は慌ててロレッタを追いかけ、かろうじて引き止める。
や……やっぱり私……無理……！　ラ、ラリドンに……帰り……ます！
	顔を赤くし、まくしたてるロレッタ。
	とりあえず落ち着いて、と君は彼女をなだめようとするが……。
	あうあうあうあう……。
	ロレッタは混乱のあまり目を回し、完全に理性を失っていた……！
	にゃにゃ！？　ま、まずいにゃ、このままじゃ魔力が暴走して……！
	しかたがない……！　君はやむを得ず、実力行使に出た！
（戦闘終了後）
	ご……ごめんなさい……私……取り乱し……て……。
	嫌なら無理しなくても、と君はロレッタを気遣うが、彼女は静かに首を振った。
	ううん……そういうわけにも……いかないから……。
	私は……ギルドマスターだし……それに……。
	いつかラリドンを訪れる……新人のみなさん……どんな人たちか……見たかったから……。
	ギルドマスターとして……森の巫女として……力になって……あげたいって……思うから……。
	遠目から会場に集う人々を見つめながら、ロレッタは言葉を紡ぐ。
	そんなロレッタに、君は再度協力を申し出る。
	……ありがとう……あなたには……迷惑かけて……ばかり……。
	気にしないで、と君はロレッタに言った。
	そして、再び彼女の手を引いて、人がひしめく会場へと戻る。
	あう……あうあう……。
	ロレッタが緊張のあまり、君の手をすごい力で握り返す……！
	あ……ご、ごめんなさい……。
	き、気にしないで、と君はロレッタに言うと、その手を優しく握り返してあげた。
	ありがとう……少し……落ち着いたみたい。
	その……こうしてると……あまり緊張しないから……できればその……。
式典が……終わるまで……こうしてて……もらえると……嬉しい……かも……。
	（……まったく、やれやれにゃ）
	君は、式典が終わるまでロレッタに付き添ってあげたのだった──。

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