リティカ

リティカは、山奥に隠れている白い竜のもとを訪れた。
美しい翼を持つ、大きな――だが、傷ついた竜。
その傷のわけを、少女は知っていた。

「助けてくれたんだよね……あたしたちの村――」

魔の軍勢に襲われていた村に現れ、敵を蹴散らしてくれた。
だが、そのせいで竜は、満足に動けぬほどの深い傷を負った……

『おまえたちのためではない。この仔のためだ』

竜は、小さな仔竜を抱いていた。深く慈しむ眼差しで。

『この子は、強すぎる霊力を持つゆえ、魔神どもに狙われている。
　魔の軍を破ったは、私が奴らに発見されたからに過ぎぬ……』

「でも、守ってくれたことには違いないでしょ？」

少女は、にっこりと笑い――そして告げた。

「恩返しがしたいんだ。できることがあったら、なんでも言って。
　あなたの願いを叶えるため。その子を守るために――」

竜は、わずかに戸惑って――リティカの覚悟の強さを悟り――
そして、決断した。


数刻の後、宵闇の空に、ふたつの影が飛び立っていた。

白い仔竜と――美しい白の翼を背に宿す村娘が。
旅立つふたりを、翼なき白竜が、静かに見守っていた。

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じっ……と、白い仔竜は動かないように目を閉じながら、
リティカの準備が終わるのを待っていた。

「はいはい、グリフ、じっとしててねー。こうすると……ほら！　かわいい！」

鏡を見せられると、自分の頭には「寿」という字が書かれているのがわかった。
首元にやたらと太い縄のようなものをつけられ、それが若干重い。

「キューイ」

頭の文字が気になって、仔竜――グリフは頭を前足で抱えてモジモジともだえる。
その様子を見て、リティカは少しだけ微笑むと、彼（？）の頭にオレンジを置いた。

「ギュッ？」
「はい、これで完成。うん、かわいいかわいい」

ウンウンとうなずくリティカの手には、
『和ノ国流新年の過ごし方』という本がある。

「『白くて丸いものにシメナワを巻き、頂点にオレンジを置くと、
　その年は健康に過ごせる』って書いてあってね。
　ウチには白くて丸いのって、グリフ以外はいないから」
「ギュ……」

心底面倒くさい、という表情をして、グリフは頭の上のオレンジを両手で掴む。
ちょうどお腹がすいていたし、今日は朝からリティカに付き合わされて、
何も食べていなかった。

「ああ、ダメだってばグリフ、それは食べちゃだめだからね？」
「ンギュウ……ガアー！」

グリフは一声そう鳴くと、オレンジを手にしてゴロンと前転。
そのままの勢いでピョンと地面に降りると、
置いてあった別のオレンジを手にして器用に皮を剥きはじめた。

ガツガツとオレンジを食べる仔竜を見ながら、
和ノ国風の衣装に身を包んだリティカは昔を思い出すように笑う。

「グリフ」
「ング？」
「おいで、グリフ。ちょっと抱っこさせてよ」

リティカが手を広げるのを見て、
グリフはオレンジを食べながらリティカに向かってぴょんと飛び、
器用に空中で体をくるんと回すと、彼女の腕の中にぼすんと背中を預けた。

「うわっ、とっとっと……！」

リティカはグリフの重さと勢いにあとずさりながら、彼を何とかキャッチする。

「グリフ、ちょっと大きくなったよねぇ、重たくなったなぁ～」

そう言われ、食べ終わった指を舐めながら、
グリフはリティカを見上げるように頭を動かす。
少し前は警戒して近寄ってもくれなかった彼は、
今ではこんな風にじゃれつくまでになった。

「……ねえ、グリフ。あなたは大人になったらさ、
　私のとこからいなくなっちゃうのかな」

このまま大きくなっていけば、きっと巣立ちの時が来る。
まだまだ先のことだろうが、その時のことを想像すると、
なんだか切なくなってしまう。

だが、そんな彼女を励ますように、
グリフはそっとその手をリティカの頬に伸ばす。

「キューッ」
「グリフ……慰めてくれてるの？」

健気なグリフに目頭が熱くなりかけ、
目を閉じてリティカはその手に頬を近づける。
小さな手から伝わるのは、べしょ、っという妙に濡れたような感触。
それからゴシゴシとグリフは掌をリティカに押し付けた。

――そう。
リティカは、彼がさっきまでオレンジを食べていたことを
すっかり忘れていたのだ。

「……こら、私で手を拭かない！　もー怒ったッ！」
「キュッキュッ！　キュルル！」

怒るリティカから逃げつつ、笑うように鳴きながら、
グリフは器用にそこらじゅうを飛び回る。

「まったくもう、イタズラばっかりなんだから……」

苦笑して、リティカはくるくると飛び回るグリフを見てため息をついた。
無邪気でイタズラっ子のこの仔竜との付き合いは、
まだ長くなりそうだ、と思いながら。

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