| 「あなた」が窓の外を見ると、外はすっかり暗くなり、色濃い夜の気配がしています。 | |
| 時計は深夜を指していて、いつもならそろそろ眠くなってくる頃。 | |
| でも、今日は見事な星空です。ふと、「あなた」は散歩にでも出ようかな、と思いました。 | |
| 色々と準備を終え、外へ出ようかと玄関へ向かうと…… | |
| ただいまー、という聞き慣れた声とともに、玄関の扉が開きました。 | |
| ……おや、どこかお出かけです? | |
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| 「あなた」はその女の子におかえり、と返し── | |
| 星が綺麗だし、少し散歩に行こうかと思っていた、と伝えました。 | |
 | なぁんだ、お散歩だったんですかぁ。 | |
 | てっきり、誰かに会いに行くのかと思って、急いで帰ってきちゃいましたよ。 | |
 | ンフフフ……。 | |
| 若干病んだ微笑みを浮かべ、「あなた」に妖しい流し目を送る彼女の名前は、モミジ。 | |
| 数カ月前に「あなた」の家に転がり込んできた、自称「巫女神さま」です。 | |
| いつもなら「あなた」の部屋でぐうたらゴロゴロな生活をしていますが…… | |
| 今日は「用事がある」と出かけていき、丁度いま帰ってきたところのようです。 | |
| そんな彼女に、今日は何があったの?と「あなた」は聞きます。 | |
 | 年に一度やる神様関連の馬鹿騒ぎに呼ばれたんですよぅ。夜勤はやんないって言ったのにまったく。 | |
 | 私も一応「巫女神」だもんで、出席義務があったりするわけでして。 | |
 | まったく、こちとら最新ゲームのチェックと昼寝とあなたの監視でとっても忙しいってのに。 | |
 | ……あ、そういえばお散歩行くんでしたっけ。私も一緒に行きますー。 | |
 | 化粧落として着替えて来ますんで、ちょっとお待ちくださいね。 | |
 | はー、だるいだるい。 | |
| 彼女はそう言うと、「あなた」の横をすり抜けて部屋の奥へとぺたぺた歩いて行きました。 | |
| 数分後……。 | |
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 | おまたせしましたー。 | |
 | いやー、やっぱこれがしっくりきますねぇ。巫女装束は堅苦しいったらないですわ。 | |
 | んじゃ、だらだらテレテレ、お話しながらお散歩しましょう。 | |
| 神様らしからぬ、やる気のないジャージ姿で、モミジは「あなた」の手を引きます。 | |
| 見事な星空の下を、「あなた」とモミジはゆっくり歩き始めました。 | |
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| モミジと「あなた」は星空の下並んで、ゆっくりとした足取りで歩いていきます。 | |
| 時々、モミジは「あなた」の顔を覗き込んできますが、特に何か話すわけでもなく…… | |
| 「あなた」と目が合う度、心底嬉しそうに、 | |
 | ふふ♪。 | |
| と笑うだけ。 | |
| どうやら、モミジは「あなた」と一緒に居るだけで楽しいようです。 | |
 | 本当にいい夜ですねぇ。あなたに会った時のことを思い出しますよぅ。 | |
 | 野良の精霊に襲われてるあなたを気まぐれに助けたのが、事の始まりとはいえ……。 | |
 | 今となっては不思議な御縁ですよね。まさか神様の私があなたのおうちに居候なんて。 | |
 | ……あの、今更聞くのもアレなんですけど、ご迷惑だったりしません? | |
| そんなことないよ、と「あなた」は言います。 | |
| 今日は立場が逆転していましたが、いつもならモミジが「あなた」を出迎えてくれます。 | |
| はじめのうちは、暇さえあればゲームやひとりリバーシを夢中で続け── | |
| 家の中を散らかして、ダラダラゴロゴロするだけの厄介者だと思っていましたが…… | |
| モミジはいわば「気まぐれな大きめの喋るネコ」のようなもので。 | |
| そう思い振り返ってみると、帰る家に誰かが居るというのは、それだけで嬉しいものでした。 | |
| その時ふと、山ぎわの陰から、月が半分だけ顔を出しているのを「あなた」は見つけます。 | |
| 一般的に、月が出ているときは、その明かりで星が見えにくいのですが…… | |
| 今日はちょうど月の出のタイミングだったようで、星と月がうまい形で共存していました。 | |
| 星空と、山に隠れた丸い月。それを見て、「あなた」は思わず── | |
| 月が綺麗だなぁ、と口にしてしまいました。 | |
 | …………。 | |
 | ……ん? | |
 | あの、ちょっと今のって……。 | |
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 | う……えっと、待って、不意打ちはズルくないですか。 | |
| いつもの余裕のある調子はどこへやら、モミジは急にモジモジと恥ずかしがり始めました。 | |
 | あの……えっと……。 | |
| 近頃はベタベタに過ぎる距離感も、なぜだか今は若干遠めです。 | |
 | ……い、いいい今のって……。 | |
 | つまり……。 | |
| 「あなた」はハッと気づきます。「月が綺麗ですね」という言葉の意味を── | |
| どうやらモミジは、若干遠回し気味に受け取ってしまったようです。 | |
 | その……。 | |
| モミジと「あなた」の間に、くすぐったいような、じれったい空気が満ちます。 | |
| ──が、そんな空気をぶち壊すように、野良精霊たちが「あなた」にじゃれついてきました。 | |
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(戦闘終了後)
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 | まったくもう、いい雰囲気が台無しじゃないですか! 野良さんたち死ぬほど邪魔です! | |
 | しっしっ、あっち行ってくださいよ! 次邪魔したらタダじゃおきませんよ! | |
| モミジが「あなた」から野良精霊を追い払うと、冷たい風が吹いてきました。 | |
| ちょっと薄着で外に出ていたモミジは、少しだけ寒そうに腕を組みます。 | |
 | はぁ……そろそろ、帰りましょうか。明日もお仕事なんですよね? | |
| 言いながら、寂しそうに笑うモミジ。 | |
| 名残惜しい気もしますが、彼女の言う通り、そろそろ帰ろうと「あなた」は思います。 | |
| そして「あなた」が歩いてきた道を振り返り、足を一歩踏み出そうとした時。 | |
| ふと、「あなた」の右腕の袖が控えめに引っ張られました。 | |
| なんだろう、と「あなた」が振り返ると…… | |
| 「あなた」の右の掌に、モミジの左の掌がそっと重ねられます。 | |
 | あの……。 | |
 | こ、のまま……帰ってもいいです……? | |
| 上目遣いにそう聞いてくるモミジに、「あなた」は小さくうなずきました。 | |
| ……それから、というもの。 | |
| モミジがゴロゴロと家でくつろいでいる時…… | |
| ふと目が合うと……。 | |
 | う……。 | |
| なんだか二人の間に、甘ったるい空気が流れるようになってしまいました。 | |
| とはいえ、「あなた」とモミジは、今までもこれからも──。 | |
| きっと仲良く、テンション低めの楽しい生活を続けていくことでしょう。 | |
| いつか再び、モミジのお話ができるその日まで…… | |
| どうぞ、「あなた」の嫁を大事にしてあげてくださいね。 | |
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| それでは、また。 | |