とこしえのタネ
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──風で揺れる草花に頬を撫でられ、君は目を覚ました。 | ||
──ゆっくりと体を起こすと、目の前には一面、色とりどりの草花が広がっていた。 | ||
──思わず君がその光景に目を奪われていると、ウィズのこんな声が聞こえてくる。 | ||
だから魔物じゃないって言ってるにゃ! | ||
や、やっぱり喋った! ネコなのに! | ||
いやー、魔物!! ファムさまぁ、助けてーー! | ||
──草原を逃げていく少女を見送りながら、ウィズはフンッ、と鼻息を鳴らす。 | ||
まったく、失礼な子だにゃ。人のことを魔物扱いして。 | ||
それにしても、ここはどこにゃ? 綺麗な場所だけど……。 | ||
──わからない、と君は返す。元居た世界でないことは確かだろう。 | ||
とりあえずさっきの子を探すにゃ。ココがどんな世界か、手がかりを探さにゃいと……。 | ||
あの……天上岬に、何かご用ですか? | ||
──聞こえてくる優しい声に君が振り返ると…… | ||
──そこには、咲いたばかりの花のような、可憐な少女が立っていた。 | ||
ええと……アネーロちゃんに呼ばれて来たんだけど……。 | ||
喋るネコさんと、あなたは……魔法使いさんかしら? | ||
ファムさま! 騙されたらだめですよ! 喋るネコ型魔物と怪しいやつでーす! | ||
──遠くの木の陰から先ほどの少女……アネーロの声だけがする。 | ||
すみません、アネーロちゃんは人見知りが激しくて……。 | ||
調香師志望なのに、大丈夫なのかなぁ。お客さんとお話しないといけないのに。 | ||
──アネーロは相変わらず、顔を半分だけ木陰から出してこちらを見ていた。 | ||
──その様子に苦笑する君たちだが、次の瞬間、空気が変わる。 | ||
ところで……アネーロちゃんの言うとおり、確かに魔物の数は増えてきてるんです。 | ||
──もしかして、近くのお花畑を枯らしたのも、あなたたち? | ||
──ファムはむっとしながら、君たちを真っ直ぐ見つめている。 | ||
──彼女からは、凄まじい魔力の反応を感じる。怒らせるとまずい相手なのは間違いない。 | ||
──君はあわてて事の顛末を説明し…… | ||
──そして。 | ||
なぁんだぁ、ウィズさんもお菓子がお好きなんですね! | ||
にゃははは! ファムとは気が合うにゃ、今度ぜひお茶に誘ってほしいにゃ! | ||
あ、ちょうど糖蜜樹の葉が工房にありますよ、紅茶を入れると甘くて良い香りで……。 | ||
糖蜜樹……!? 初めて聞いたにゃ! それはもう絶対にごちそうになるにゃ! | ||
それじゃあ、早速私とお姉さまの工房にお連れしましょう! しゅっぱーつ! | ||
しんこーう! | ||
ほら、キミも早く! アネーロもキリキリ歩いてついてくるにゃ! | ||
──ファムの肩に乗りながら、ウィズは上機嫌に鼻歌を歌っている。 | ||
──取り残された君たちは、その鼻歌を聞きながらポカンと口をあけていた。 | ||
……わ、私達もいきましょっか! 魔物からファムさまを守らないといけないし! | ||
──そ、そうだね! とキミは乾いた笑いを浮かべる。 | ||
──突如として仲良くなった二人の背中を追いかけて、アネーロとキミは歩き出す。 | ||
──少しだけ元気のない、花畑の脇をすりぬけて……。 | ||
あ、見えてきましたよぉ、あれが私とフェルチお姉さまの工房です! | ||
──ファムの指差す方向には、赤いレンガ屋根が特徴的な小さな工房が立っている。 | ||
──どうやら、その前に立っているのがファムの『お姉さま』らしい。 | ||
──君たちに気付いた彼女は、慌てた様子でこちらへ走ってくる。 | ||
ファム、丁度よかった! ちょっとこれ、見てくれる? | ||
──フェルチの手には、手のひらより少し大きな何かが乗っている。 | ||
──みたところ、植物のタネのような物だった。 | ||
これは……。 | ||
食べ物かにゃ? | ||
いや、多分すごい植物のタネだぜ。森の奥で拾ってきたんだ! | ||
──大きな犬に跨った獣人の男が、君たちに近づきながら言う。 | ||
キミ、見ない顔だな。俺はカルテロ。ラルゴと一緒に運び屋やってんだ、よろしくな! | ||
……んでさ、絶賛仕事募集中なワケよ。何か運びたい時にはぜひ俺に──。 | ||
これをどこで拾ったんですか!? | ||
──カルテロの言葉を遮り、ラルゴによじ登りながら、アネーロは大声でまくし立てる。 | ||
──ラルゴは頭をよじ登られて迷惑そうにクゥンと鳴いた。だがアネーロはお構いなし。 | ||
森の! 奥の! どこで拾ったんですか!! | ||
ええと、確か"とこしえの樹"の近くで──。 | ||
やっぱり! | ||
結界は!? 結界はなかったんですか! | ||
なんだよ急に! そんなもん無かったよ! 普通に近づけたし、別に問題なんて……。 | ||
ああ……ウソ、なんでよ、なんでこんなことに……! | ||
──アネーロはがっくりと肩を落とす。引っ込み思案の彼女がここまで取り乱すのだ。 | ||
──何か、良くないことが起きている。嫌な予感に君の胸はひとつ高鳴った。 | ||
その"とこしえの樹"っていうのは何にゃ? このタネは一体何なんにゃ? | ||
──ウィズがそう聞いた時だった。工房の周囲の森から、何かの咆哮が聞こえる。 | ||
それを説明してる暇は、無いみたいね……あなたたち、戦える? | ||
──フェルチは杖を構え、にっこりと微笑む。 | ||
──彼女の持つ杖には、先ほどのファムと同様凄まじい魔力が集まり始めた。 | ||
大丈夫ですよ、フェルチお姉さま。ここまで、この方々に守って頂きましたから。 | ||
──そして、フェルチに笑いかけるファムの体からも、異質な魔力を感じる。 | ||
この姉妹、タダモノじゃないにゃ……! | ||
それじゃ、ひとつ頑張りますかぁ。ファム、タネをお願いしていい? おまかせください、フェルチお姉さま♪。 | ||
──来るよ! | ||
(戦闘終了後) | ||
──魔物を退け、君たちは改めてファムの持っているタネを見つめた。 | ||
そのタネはそんなに大事なものなのかにゃ? | ||
──その問いにフェルチは、岬の上にそびえ立つ大樹を見つめ、ゆっくりと話し出す。 | ||
あの"とこしえの樹"は、この天上岬で伝説の樹と言われてるわ。 | ||
葉は万能薬に、幹は最高級の香木に、そして花からは至高の香料が取れる……。 | ||
っていう言い伝えなの。 | ||
──ずいぶん具体的な言い伝えだな、と君は思う。どうやらウィズも同じ疑問を持ったようだ。 | ||
言い伝え? 誰か試した人はいないのかにゃ。 | ||
"とこしえの樹"には今まで強力な結界があって、全然近寄れなかったんです。 | ||
じゃあ、言い伝えが本当かどうかはわからないにゃ? | ||
そうなの。タネどころか葉さえも稀少っていうか、誰も手に入れたことがなくって。 | ||
じゃあこれって、売ったら大金持ちに……! | ||
バカ――――!! | ||
──大きな声とともに、タネに手を伸ばそうとするカルテロの後頭部へ『本』が飛んでくる。 | ||
いぎゃっ!? な、何すんだお前! | ||
"大樹が生え変わりしとき、結界は力を失うであろう"!! | ||
天上岬に住む以上、この言い伝えを知らないとは言わせないわよ! | ||
お父さまが言ってたもん! この言い伝えは本当だって! | ||
なるほど……この本を書いたのが、アネーロのお父さんなのかにゃ? | ||
──ウィズが器用に前足でめくる本には、『天上岬植物大観』というタイトルが書いてある。 | ||
有名な植物学者なのよね、アネーロちゃんのお父さん。 | ||
調香師を目指すより、跡を継いだほうが良いとお姉ちゃんたちは思うなぁ。 | ||
埃っぽい本に囲まれた植物学者より、お花に囲まれて生活したいんです。 | ||
──苦笑いを浮かべるファムとフェルチに対し、アネーロはきっぱりと言い切る。 | ||
それはそうと、タネを返しに行かないといけないですね。 | ||
いや、やめといた方がいいぜ。今あそこらへんは魔物がうようよしてる。 | ||
それでも行かないと。ねっ、お姉さま! | ||
ええ、"とこしえの樹"はもちろん心配だけどせっかくのチャンスなんだもの! | ||
チャンス? | ||
──聞き返したウィズに、ファムとフェルチは顔を見合わせてニッコリと笑った。 | ||
"とこしえの樹"の花で香水を作ること。それが私たちの夢なんです。 | ||
結界の無い今なら、きっと花を手に入れられるはずです!! | ||
どんな香りなんでしょう……魔法使いさんはご存知ですか? | ||
──見たことも無い花の香りなんて、想像できないよ、と君が言おうとするが……、 | ||
──ファムはお構いなしに次々言葉を繰り出してくる。 | ||
私の予想はですね、 | ||
きっとベルクNo9とかミストパチュリーに似た優しい香りがすると思うんです。 | ||
あ、でも霜白檀や蔦蛇香なんかの男性的で力強い香りも──、 | ||
──さらにひとつ深呼吸を挟み……、 | ||
──捨てがたいですよね! | ||
ラブダナムみたいなのも今流行りですし、普遍的なバニラもステキかも! | ||
まだ聞いてませんでしたけど、魔法使いさんの好きな香水は――。 | ||
はいファム。そこまで。 | ||
あう。 | ||
──フェルチは興奮気味に話すファムの肩を掴んで、彼女の話にブレーキをかける。 | ||
すみません、香水のことになると、つい夢中に……。 | ||
ふふっ、長年の夢だからね、楽しみなのは私も一緒よ? | ||
──フェルチはそのままファムの肩に寄りかかる。そして二人は君に向かって笑いかけた。 | ||
そういうわけだから、手伝ってくれない? 魔法使いさん。 香水作りと、タネ運び♪ |
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